気の向くまま、まずはやってみる 渡部 聡朗

気の向くまま、まずはやってみる 渡部 聡朗

国立遺伝学研究所(総合研究大学院大学 遺伝学専攻) / 渡部 聡朗さん

2003年にはヒトゲノム計画が終了し、DNAの配列が全て明らかにされた。その後、ポストゲノム時代が到来し、多くの研究者がタンパク質に着目した。そして今、RNAに注目が集まっている。中でも、siRNA(short-interfering RNA) やmiRNA(micro-RNA)といった小さなRNAは、1998年の発見以来、世界中の研究者が競って研究を進めている。

謎があるから面白い

 渡部さんの研究対象は、植物や線虫など様々な生物で見つかっている、小さなRNA。遺伝子の発現制御に関わっていることが報告されている。ほ乳類を含む高等動物でも、siRNAは存在するのか?昨年度はその答えを見出し、成果が『nature』に掲載された。

 現在は、京都大学修士課程に在籍中に発見したpiRNA(PiwiinteractingRNA)という30ヌクレオチドの新しい小分子RNAについて、存在意義を明らかにするための解析を続けている。2本鎖RNAから作られるsiRNAに対して、piRNAは1本鎖のRNAから作られるなど、作られ方に違いがあることが明らかになってきた。しかし、siRNAと同様に、生殖細胞に発現していて、発生初期段階で遺伝情報に変異をもたらすレトロトランスポゾンの抑制に働いている。なぜ、わざわざpiRNAが使われるのか?解析を進める程、謎は深まるばかりだ。「とても似ている。でも必ず、piRNAじゃなきゃいけない、『何か』があるはずなんです」。

最高の環境を求めて

 そんな渡部さんの研究を支えているのが、遺伝研の研究環境だ。日本を代表する研究機関だけあり、トップレベルの先生とのディスカッションする時間、多くの研究機器が準備され、もちろん各個人に実験スペースとデスクが与えられるなど、研究者としての最高の環境がそろえられている。唯一の欠点は、食堂が12時〜15時までしか開いていないこと。「24時間とまではいかなくても、夜遅くまで開いていてほしい。ビールを飲みながら先生とディスカッションできる、そんなスペースがあれば最高なのに(笑)」。中途半端な気持ちで来た人にとっては、まるで牢屋の様に感じるかもしれない。しかし、本当に研究にのめり込みたい人にとっては、まさに天国のような環境だ。他のことに邪魔されず、研究のみに没頭できる、これこそが渡部さんが求めていた環境だった。

巡り巡って、研究者に

図3

 コツコツ勉強し続けてきたような印象を受けるが、研究一筋でここまで来た訳ではなかった。東京大学に入学後、理科Ⅲ類(医学部)を受験するために1度退学を経験した。しかし、念願叶わず理科Ⅱ類に再入学した。2年目の終わりが近づく頃には、北海道の牧場で半年間、住み込みで牛の世話を経験した。「基本的に生き物が好きなんです」それだけの理由だった。東京に戻ってからは、築地魚市場でのアルバイトも経験したという。卒業後は農林水産省に入省したが、仕事と現場のギャップを感じ、たったの半年で退職してしまった。その後は、京都大学の大学院を経て、博士課程からは国立遺伝学研究所で研究漬けの日々を送っている。「研究が一番面白い。自分にとっては、農林水産省で仕事しているよりも、よっぽど面白い。どれだけやっても、苦にならないんです」。興味があることはまずやってみた。その結果、研究の面白さにたどり着いたのだ。

 今後の予定を聞くと、「とりあえず」アメリカでポスドクをすることにしたようだ。没頭できる環境があれば、きっとそこでも、研究漬けの生活を送るのだろう。気の向くままに研究を続ける、ある意味理想の研究者像を見ることができた。