【研究活性化計画】マルチカラーの蛍光観察で拓く幹細胞研究の新境地

組織幹細胞、がん幹細胞を時間軸の中で特定する。多色の蛍光観察で細胞系譜を追跡する技術の開発者で、この課題の核心に迫る関西医科大学教授の上野博夫氏は、オリンパス株式会社のインテリジェント顕微鏡BX63で立ち上げた解析系を駆使して幹細胞探索方法の新たな可能性を広げ始めている。

※本記事は2013年に公開したもので、所属等は当時の情報です

細胞の系譜をあぶり出す4色のふるい

留学したスタンフォード大学のIrving Weissman教授の下で、幹細胞の自己複製・分化を「1個の細胞レベルで証明する」方法を追求する上野氏の研究が本格的に幕を開けた。2003年のことだ。当時すでにlacZを使って細胞系譜を追跡する方法が開発されていた1)。しかし、1色しか使えないため、組織中のどの細胞が大元の細胞なのかを判別しづらい。複数の色を使った細胞の色分けで上野氏はこの問題の克服を試みた。マウスのRosa26領域にEGFP、ECFP、あるいはmRFP1をノックインしたES細胞を、まとめて胚盤胞にインジェクションすると、これらを起源にした4 色キメラ胚ができる。「このアイデアを披露した時は、Weissmanはおもしろそうだととても感心していましたが、そこは欧米人らしく、おもしろそうだからお前がやってみろと言われました」、と笑いながら当時を振り返る。「最初にラボミーティングで4色キメラマウスのいろいろ臓器の蛍光写真を見せたときには同僚から歓声があがりました」。4色キメラマウスを武器に、キメラ胚を使った発生段階の中脳や肝臓の解析、キメラマウスを使った小脳皮質、骨髄、腸管の解析などで、それぞれの組織中の細胞のクロナリティを明らかにすることに成功した2)。ただし、恒常的に蛍光タンパク質を発現しているため、色を使って幹細胞を突き止めるためには新しい役者の登場を待つことになる。

図1 Rainbowシステム

(a) マーカー候補遺伝子のプロモーターCreERT2の上流に繋ぐことで、プロモーター活性ON/OFFでCreERT2の発現が制御される。発現したところでタモシキフェンを加え
ると、CreERT2による組換えが起こる。相同配列でのみ組換えが起こるので、loxPのバリアント配列を使うと、CFP、OFP、RFP組換えパターンにバリエーションを出すことができる(①〜③)。
(b) 幹細胞由来の細胞は幹細胞と同じ蛍光を発するので、時間を追うこと
でどれが幹細胞かを追跡できる。

図2 単色で染まった糸状乳頭間窩の様子

タモキシフェンで誘導して2日後(図上)まだらに染まった糸状乳頭間窩が、84日後(図
下)には写真にあるように単色に置き換わる。

Over the Rainbow

4色キメラマウス発表の翌年、ハーバード大学のJoshua R. SanesとJeff W. Lichtmanらのグループが新たな細胞識別法を発表した。Cre/loxPシステムと複数の蛍光タンパク質を使い、脳の神経細胞を細胞ごとにランダムに異なる色を付けて識別するこの系はBrainbowと名付けられる。ひとつひとつ異なる色で標識された神経細胞は、神経回路のつながりを鮮やかに浮かび上がらせた3)。上野氏は、特定の組織細胞にしか使えないこの系を改良して、幹細胞研究に使える系へと発展させることに成功する。多色で幹細胞を追跡するためのマウス、Rainbowマウスの誕生だ。安定した結果が得られるように4色の蛍光タンパク質の発現カセットにも工夫を凝らした。また、タモキシフェン誘導型のCreであるCreERT2を利用することで、決まったタイミングに組換えを起こし、それぞれの細胞に色のスイッチが入るようにもした4)(図1)。留学の7年間はあっという間に過ぎ去った。

 

幹細胞発見につながる10色の橋

2010年、関西医科大学に移った上野氏の仕事はRainbowの立ち上げから始まった。GFP、mCerulean、mOrange、mCherryに加えて、ヘキスト、Alexa750など様々な波長での観察がRainbowには必要だ。このうち特に免疫組織染色で利用する近赤外線の750nmが明るく撮れることにこだわった。「国内、海外の顕微鏡メーカーの方にデモに来ていただきましたが、多重染色した標本の重ね合わせ画像のシャープさと750nmがくっきりしている鮮明さや装置全体のバランスで判断したときに、私の基準を最も満たしてくれたのが、オリンパスのBX63でした。デモの際に、細かなリクエストに対して担当者が素早く丁寧に応えてくれたことも安心感につながりました」と、ハードとサポートを含めたオリンパスのソリューションに信頼を寄せる。Rainbow はhomozygousにすると10 色までの色の組み合わせを出せる。BX63に装備された電動ですばやく切換わる多重染色に対応した8個のミラーユニットが、この力をさらに引き出している。

 

来た、観た、撮った

オリンパスのイメージングソフトウェアcellSensでの画像重ね合わせ機能等を駆使し、Rainbow仕様になったBX63を操りながら、Weissmanのところで幹細胞がありそうだという感触をつかんでいた舌幹細胞の探索に取りかかった。2011年2月に大型予算(最先端・次世代研究開発支援プログラム)が決まった直後の4月に研究室に配属した大学院生の田中敏宏氏がこの解析にあたる。その9月には他の組織の幹細胞マーカーとして知られるBmi1が舌幹細胞マーカーの候補として上がってきた。タモキシフェン誘導後2日目では、緑、青、オレンジ、赤のまだら模様だった上皮組織が、84日を過ぎた頃にはきれいに区画整理されたように、糸状乳頭間窩という部位ごとに赤、青、オレンジに染色されていた(図2)。これをきっかけにBmi1陽性細胞が舌幹細胞であることを突き止め、見事2013年に『Nature Cell Biology』の表紙を飾ることとなった5)
現在は7人の学生全員がひとつずつ異なる組織の幹細胞のテーマを持ち、Rainbow で日夜解析が進む。新しいものが見つかると思います、と上野氏は自信をのぞかせた。三次元組織培養でRainbowをタイムラプスで観察する計画も進行中だ。これからRainbow がもたらす知見から拓ける幹細胞研究の新たなステージに期待がふくらむ。

顕微鏡

●オリンパス株式会社 ライフサイエンス事業部
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1) Soriano, P. Generalized lacZ expression with the ROSA26 Cre reporter strain. Nat. Genet. (1999) , 21, 70-71
2)Ueno, H. &Weissman, I. L. Clonal analysis of mouse development reveals a polyclonal origin for yolk sac blood islands. Dev. Cell (2006), 11, 519-533 3)Livet, J., Weissman, T. A., Kang, H., Draft, R.W., Lu, J., Bennis, R.A., Sanes,
J.R., Lichtman, J.W.Transgenic strategies for combinatorial expression of
fluorescent proteins in the nervous system.Nature (2007), 450(7166), 56-62. 4)Zhang, H., Zheng, W., Shen, Y. et al. Experimental evidence showing that no mitotically active female germline progenitors exist in postnatal mouse
ovaries. Proc. Natl. Acad. Sci. USA (2012), 109, 12580-12585
5)Tanaka, T., Komai, Y., Tokuyama, Y.,Yanai, H., Ohe, S., Okazaki, K., Ueno, H. Identification of stem cells that maintain and regenerate lingual keratinized
epithelial cells.Nature Cell Biology (2013), 15, 511-518