自分だけの発想で挑戦し続ける ーー貼るワクチンの研究に挑む/井上浄
井上 浄 北里大学 理学部 生物科学科 助手
「だんぜん研究がおもしろい」 大きくよく通る声。自らの研究について語るとき,自然と力が入る。学生時代から力を入れて進めてきた「ワクチンの開発」 そこで新しいひとつのアイデアを生み出し,現在も挑戦し続けている井上氏。幼少の頃から研究中心の生活を送る父親を見て育った彼にとって,研究は日常の一部だった。
いつも研究がそばにあった
小さな頃,休日に家族で出かけるとき,どこへ行くにも必ず立ち寄る場所があった。それは,脳外科の研究者である父親の研究室。実験のために飼っていた猿にまずバナナを与え,ひと通り仕事を片付けてから釣りやスキーに出かける。今思えば,一家5人の生活はいつだって父親の研究を中心にまわっていた。「研究室の風景もそこへ朝早く向かう父親の後姿も,自分にとっては当たり前のものでした」
小学生の半ばには,父親の研究のためスウェーデンで2年間を過ごし,地元の学校の留学生向けクラスで,日本にいたのでは知りえないほど多様な国籍の友達ができた。
「今でもみんなの名前が思い出せるくらい,そこでの思い出は強烈」 国も年齢も超えて一緒に走り回っていた。
中学生にもなると,周りの友達とのギャップが見え出し,もっと「普通」の生活がしたい,自分は父親のようにはならない,そう思っていたと言う。しかし,高校3年生になって進路を選ぶとき「自分も研究がしたい」 ばく然とでも,それ以外は考えられないふしぎな感覚の自分がいた。
おもしろさを感じたらのめり込む
研究が日常に溶け込んでいた幼少時代,ばく然とした研究への想いを持って進学した大学。「でも,もしかしたら研究じゃなくてもよかったのかもしれない」 何にでもおもしろさや喜びを感じやすい,自分の性格を思うと,そんな考えも浮かんでくると言う。高校から大学時代にかけてずっと同じ仲間とバンドを組み,ひたすらドラムをたたいていた。「プロになれるレベルまでいったのです」おもしろいと思ったら,はまり込む。「もし今の自分が,毎日外回りをする営業マンだったら,そこでたくさんの人に出会えることや,商品を売るための戦略を考えるおもしろさに喜びを感じて,仕事にのめり込んでいったのかもしれない」
大学は薬学部に進学し,4年生になると研究室に通い出した。論文を読み,実験を組み立てていく中で,自分が新たな発見をする喜びを知った。父親や教授など,誰に言われたからやるのではない。「研究がだんぜんおもしろい」ほかの何よりも研究が好きになった。
研究の醍醐味
これまでも,現在も,一貫して病気の治療・予防に利用できるワクチンの開発を目指して研究をしている。「誰かに言われたことをやるのではなく,自分にしか出せない発想を活かして研究をする。それだけはずっと意識しています」
学生時代,ワクチンの開発において,独自のアイデアを生み出した。一般的に,ワクチンの投与には注射を使用するが,井上氏が提案したのは,セロハンテープを使った投与方法だ。皮膚にセロハンテープを貼って,はがすと角質は薄くなる。その部位にワクチンを塗ることで投与するのだ。一見,思いつきにも感じられるこのアイデアを出すまでに,いくつもの文献を読み込み,多くの研究者と対話をした。しかし,当時は,独自のアイデアで研究を行うことを疑問視する声や,実験を進めることを否定する声もあった。
「実際にワクチンとしての効果があることがマウスを使った実験でわかったのです。その瞬間,しびれるほど興奮した」研究の醍醐味は,人の予想をはるかにしのぐ結果を自ら証明した瞬間だ。この魅力に引き込まれた人々が,新しいことを発見し続けている。「生き物がもともと持っている免疫のしくみを利用して,アレルギー・ガン・インフルエンザなどを解決していきたい」掲げた大きな目標が,少しずつ形になっていく。現在,大学の助手としては,かなり若い29歳。今後,もっとたくさんの研究者に出会い,そこからアイデアを生み出していきたいという。
独自の発想を磨き挑戦していくことで,小さな頃から生活に溶け込んでいた研究が,自分の核になった。研究者としてのスタート地点に今,立ったばかりだ。(文・日野愛子)
井上 浄 プロフィール:
東京薬科大学薬学部卒業。東京薬科大学薬学部薬学研究科薬剤学専攻博士課程修了。現在は,北里大学理学部生物科学科生体防御学講座で助手として活躍しながら,株式会社リバネスの研究担当取締役副社長を兼任。著書に「抗体物語」(リバネス出版)などがある。