小さなきっかけが生んだ脳科学への道 三輪 秀樹

小さなきっかけが生んだ脳科学への道 三輪 秀樹

三輪 秀樹

身近なところに人生の道標があるのかもしれない。そんなことを思わせるように,ふと手にとった一冊の本が,その後の人生に大きな影響を与えることになった。抱いた興味や疑問に従って,迷いながらも自分の想いにまっすぐに進んできた三輪氏。行き着いた場所は脳科学の最先端分野。精神疾患の予防法や治療法の開発を目指し,今まさに自分の道を全力で切り開いている。

人の意識を制御する「脳」への興味

中学3年生のある日,新聞記者の父親の本棚の中に,気になる本を見つけた。本の名前は『脳死』当時,脳死問題が話題になっていた。脳の働きが全て停止した後も,人工呼吸器をつけることで,呼吸は持続し心臓も動き続ける。世間では,この状態は死なのか,そもそも人の死とは何なのか,という議論が巻き起こっていた。「中学生の時は,自分の人生や,自分が存在する意味が知りたくてよく考えていました。そんな自分にとって,脳死の問題はショッキングだった。これがきっかけとなって,死とは何か,意識はどこにあるのかという新たな疑問が生まれたのです」その中で,生と死や人の意識を制御する脳への興味が生まれ,ばく然と「将来,脳に関わる仕事がしたい」という想いが残った。

脳の機能を科学の視点で解明する

脳科学と一言で言っても,そのアプローチのしかたはさまざまだ。大学4年の卒業研究では,脳内の神経回路について,コンピューターでシミュレーションをしていた。しかし,自分がやりたい脳の研究はこれではない,もっと脳と動物個体の行動との関わりが直接的に見える研究をやってみたい,そんな想いが湧いてくることに気づいた。少しずつ,自分のやりたいことが見えてきた。本当に研究の楽しさを見出し始めたのは,大学院に進学してから。大学院に進むとき,学部時代に見つけた自分のやりたいことに従って研究室や研究テーマを選んだ。「これまで主に哲学や心理学の分野として考えられていた記憶・感情・情動という分野を,脳の機能を通して科学の視点で解明する。そのおもしろさを,自分が手を動かすことで感じることができました」自分自身の脳の中で何が起こっているのか,純粋に知りたいことに対する答えを探せるという点が,科学分野の魅力的なところである。現在,脳が持つさまざまな機能の中でも,記憶・学習や感情・情動の働きを解明するための研究を精力的に行っている。この基礎的な研究は,今後,アルツハイマー病などの神経疾患やPTSD(心的外傷後ストレス障害)などの精神疾患の予防や治療法の開発につながる可能性がある。「今,多くの病気がありますが,根本治療ができるのは,その3割に満たず,ほとんどが対症療法です。特に脳が関係する精神疾患は,病因が不明であることが多いのです。新しい予防法,治療薬や治療法の開発ができれば,未来の数億人の病気に苦しむ人を治療することができる。自分の研究がそこにつながっていけば,これほどハッピーなことはありません」自分の研究に広がりが見えてきた。脳科学の研究の世界に自分の居場所を見つけたのだ。

やりたいことを貫いたその先に

中学時代の小さなきっかけ,そこから生まれた脳に対する興味が人生の端緒を開いた。やってみたいと感じたことに従って,方向転換をしつつもこれまで進んできた。そして今,脳に関する研究が自身の核となった。自分の本当にやりたいこと,自分の核になるものは,すぐにはわからない。けれども,日々を過ごす中での小さな興味のきっかけや「やってみたい」という想いに従って進んでいけば,少しずつ見えてくる。大学院卒業後には,現在の研究をさらに深めるために「海外の大学や研究所に留学したい」と語る。やりたいことを貫いたその先にあるもの,それは「もっと」やってみたいという純粋な想いなのかもしれない。(文・内藤大樹)

三輪 秀樹 プロフィール:

東京工業大学生命理工学部生物工学科卒業。現在,東京大学大学院医学系研究科医学博士課程4年に在学。

 

2012年3月時点

群馬大学 大学院医学系研究科 遺伝発達行動学 助教