研究職という自分軸を持ち続ける

佐々木 泰子
明治乳業株式会社食機能科学研究所

明治プロピオヨーグルトLG21。この大ヒット製品の核となるLG21乳酸菌の研究論文に佐々木さんは嘱託社員ながら名を連ねる。「肩書きよりも、とにかく研究を続けたかった」。その想いこそが佐々木さんを形作る軸となっている。

100名中4名の女性教員

東京大学農学部農芸化学科の博士課程在学中に、佐々木さんは結婚、そして第1子の出産を経験した。産休もそこそこに研究室に復帰したのだが、当時、一番困ったのは保育園に子供がなじむのに時間がかかった点だったという。大学院生だったために、自分の論文を携えて区役所に直談判し、東京都の認可保育園へ何とか入れたが、朝から晩まで保育園のバルコニーの柵につかまって泣く我が子の姿に、自分の研究の価値を自問自答する日々であった。が、夫の励ましもあり、この時期を乗り越え、博士号取得後、PDFを経て助手(助教)として採用された。その当時、東京大学農学部は女性の教授・准教授はゼロ、100名ほどいた助教のうち、女性は佐々木さんを含めて4名だった。「大学での研究はとてもやりがいのあるものだったし、多くの友人にも恵まれ、ずっとここで研究を続けたいと当時は思っていました」。

転勤か退職か

助手になって数年後、企業研究者として働いていた夫に、都心の研究所が郊外へ移転することに伴う転勤の話が浮上した。別居はしたくないと考えていた夫婦の決断は、夫の退職そして転職。「女性がポストを得ることは難しい、だから僕が転職する。と夫が言ってくれたのです」。こうして始まった新しい生活だったが、またしても、研究所の移転に伴う同じ問題が発生した。今度は夫の遠距離通勤を選択したが、2年、3年と経つうちに夫婦ともに疲弊し決断を迫られる。「今度は私が大学を辞めて、夫の研究所で働くことにしました」。それ以来、佐々木さんは明治乳業株式会社の嘱託社員として20年間研究に従事している。

企業の魅力とリスク

大学から企業へと移って「教育施設ではない」ことのメリットを感じた。助手時代には子どもとの約束があっても、学生の指導に責任を感じて遅くまで大学に残ることが少なくなかった。一方、企業では、大学に多い種々の雑用が少ないため研究に専念でき、また仕事を終わらせて定時に帰宅することへの抵抗感が薄れたという。もちろん企業で働くことのデメリットもある。「正社員として働く研究員が、管理職や営業職として研究所を離れていく場面を数多く見てきました。研究職を続けられなくなるリスクが企業には多々あると思います」。

子育てと研究が支えてくれた

「自分のキャリアを振り返ったとき、子育てが自分を支えてくれましたし、研究も自分を支えてくれました」。両立に苦しい思いをしたことも事実だが、苦しい時間はそれほど長くないという。「若い人に伝えたいのは、やはり研究を続けてきてよかったなということです。両立は無理とあきらめずに、自分がやりたいことに欲張りになって欲しいと思います」。佐々木さんの朗らかな声には、肩書きや場所に固執することなく「研究を続けたい」という信念を貫いた人の強さが滲んでいた。