進化のストーリーを追って
佐々木 剛
東京工業大学 生命理工学研究科生体システム専攻 学振研究員
自分が調べた進化の証拠を物語のように活き活きと語り,子どものように熱くなって議論をする大学の教授。夢を持って研究を続ける姿にあこがれ,自分も研究者の道を選んだ。
研究を語る教授に心惹かれ,研究の道へ
高校生のとき,教科書のたった数ページにしか書かれていない「進化」になぜか一番心惹かれた。形や色が違う生き物がどのように進化してきたのか,そのストーリーが想像力をかきたてた。大学へ進学し,出会ったのは中学や高校の先生とはまったく違う大学の先生。子どものようにうれしそうに自分の研究を語り,小さな反論にも熱くなって怒る。こだわりを追求し続ける姿に驚き,自分も研究者になりたいと思った。
「意味のないDNA配列」の意味を追う
現在の佐々木さんの研究テーマは,DNAの中のSINE(short interspersed repetitive element)とよばれる配列の働きについて。SINEは,自分のコピーを次々とつくってDNAの中に挿入する「転移因子」のひとつ。挿入されたSINE配列は,活性がなくなると親から子へ伝わるうちに少しずつ配列が変わり,化石のように埋もれていく。いつ挿入されたかを調べることで,進化の歴史を探る指標にも使われるが,生命活動には特に意味のない配列と考えられていた。しかし,ほ乳類のDNAからは,埋もれずに残っている特殊なSINEが100個以上見つかった。「何か重要な働きをしているのではないか」,その仮説を証明するため,佐々木さんの研究は始まった。マウスの胎児を使い,特殊なSINEをひとつひとつ調べる。SINEに目印をつけ,受精卵のゲノムに挿入し,ある発生段階で胎児を取り出して観察する。もし,SINEが働いていれば,その部分が青く染まる。成果が出るかもわからない実験を,9ヶ月間ひたすら続けた。
脳に見えたSINE
その日もいつも通り,顕微鏡のある3畳ほどの部屋で,マウスの胎児をシャーレに取り出し,顕微鏡をのぞいた。すると,明らかにいつもと様子が違う映像が目に飛び込んできた。マウスの脳の部分がきれいに青く染まっていたのだ。その瞬間はからだに電気が走ったようだった。SINEは脳の形成に関わっているかもしれない。先祖代々受け継がれ,脳の進化に関わったのかもしれない。新たな仮説が生まれたのだ。「ここから先は楽しい。今はやる気に満ちあふれています」。今日も,佐々木さんは着々と研究を続けている。この成果が論文として世に出るのはもうすぐだ。(文・磯貝里子)
佐々木 剛(ささき たけし)プロフィール:
岩手県盛岡市で生まれ育つ。山形大学大学院博士前期過程修了後,東京工業大学大学院生命理工学研究科生体システム専攻博士課程修了,博士(理学)取得。現在は日本学術振興会特別研究員。
2012年3月時点
東京農業大学 農学部バイオセラピー学科 野生動物学研究室