花が咲くという不思議 〜2年で覆されたフロリゲンの正体〜
取材協力・写真提供:玉置 祥二郎
奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科 植物分子遺伝学講座
なぜ花は咲くのでしょう?それに大きく関わっているのは「フロリゲン」。長年わからないままだったこの物質の正体をめぐって,たった2年間のうちに大きな動きがありました。その一端にいたのは,日本の研究者たち。今,渦中の研究者の一人,玉置祥二郎さんにお話を聞いてきました。
フロリゲンの正体はどっち?
1937年に存在が発見されて以来,盛んに研究が行なわれてきたフロリゲン。葉でつくられたのち,花芽がつく場所である茎の先端まで運ばれて,その結果,花が咲くといわれています。長い研究の歴史の中で,花の咲くしくみは少しずつ解明されてきたものの,フロリゲンの正体はmRNAかタンパク質か,解明できないままでした。フロリゲンの正体は何か。2005年,世界中の研究者が注目する中,フロリゲンはmRNAであるという発表がされました。有名な科学雑誌にも取り上げられ,それを読んだ研究者たちの中には,70年に渡るフロリゲンの研究に大きな終止符が打たれたのかと感じた人もいたことでしょう。しかし,その結果を疑う声もあり,さらなる研究が続けられていました。(詳細は00号掲載の記事「花が咲くという不思議」をご覧下さい。記事のダウンロードはこちらから→URL:http://www.someone.jp/)
覆されたフロリゲンの正体
2007年,再び研究者たちの間でフロリゲンの話題がわき起こりました。そのきっかけのひとつが,日本の玉置さんたちの研究チームが行なった研究です。2年前の発表があったとき,彼らは手元にあるデータの説明ができないことに気付き,疑問を持ち続けていました。「あの発表は本当なのだろうか。もしかしたら間違いかもしれない。こうなったら徹底的に調べてはっきりさせよう」。彼らが使った植物は,イネ。花が咲く際に,花芽がつく場所まで運ばれる物質を見極めるため,イネが持つ「あるタンパク質」に光を発するような処理をして,その動きを観察しました。そのタンパク質こそ,彼らがフロリゲンの可能性が高いと疑っていたもの。研究チームの中心メンバーであった玉置さんは,毎日顕微鏡をのぞき,写真を撮り続ける日々を送りました。「もしかしたら自分の考えが間違っているのかもしれない」。思うような結果が得られず,途中で何度もあきらめかけたといいます。1年を過ぎた頃,ついにその日がやってきました。のぞいた顕微鏡の下に見えたのは,きれいに光る茎の先端。そこに,タンパク質が存在することが証明できた瞬間でした。「フロリゲンはタンパク質だ!」撮った写真は,自分の想像を超えたものであり,一人しかいない部屋で思わずガッツポーズ。500枚以上の写真を撮り続け,やっとつかんだフロリゲンの正体。科学が一歩進んだ瞬間でした。
科学はどんどん進歩する
今回の研究により,フロリゲンの正体は,タンパク質であるということがわかりました。それは,2年前に発表された論文の結果を覆すもの。たった2年で科学の真実が変わる,科学がめまぐるしく進んでいることを証明するような発見でした。「本当のことが知りたい」。研究者たちは,科学の真実を解明するために,日々研究をしています。その結果,現在発表されている論文の結果が覆される可能性は今後もあるでしょう。「あきらめない。自分の考えを信じ,証明しよう」。このような研究者の想い,そして日々の努力が科学の進歩につながっていくのです。(文・尾崎有紀)