微生物と植物のたたかいを見つめる|有江 力
東京農工大学農学府(農学部応用生物科学科) 准教授
人は生きるために畑を耕し,種をまき,それを無事に収穫しなければならない。土に種が落ちて芽が生える。そこにはさまざまな生き物がやってくる。鳥に昆虫,そして目には見えない微生物。循環する自然の中に,ヒトという生き物が入り込んだとき,いったい何が起こるのだろう。
のんびりと立ったスタート地点
ケヤキをはじめ立ち並ぶ木々と,空を一面に見渡せる畑に囲まれたキャンパス。その一室に有江さんはいる。生まれは東京,土に触れる機会もあまりなく,「農業」というものに少しでも自分が関わるなんて考えたこともなかった。高校に入って,一人の先生に出会った。それぞれがオリジナルの授業を繰り広げる中で抜群に人気があったのが,生物の時間。生徒を外に連れ出して植物を観察させ,学生時代から行っていた石油をつくり出す藻(そう)類の研究について楽しそうに話してくれた。これがきっかけだったのかは,わからない。大学に入ってからは,植物の生態を学べる理学を選ぼうと思ったが,希望者が多くあきらめ,第2希望の農学を専攻することになった。
土に触れる,微生物を見る
畑に出てみたら案外楽しめた。何とはなしに入った研究室も,そこで過ごした6 年間は今の土台となっている。よくやったのは,黄色く枯れしおれている植物を土から抜き取り,ルーペや顕微鏡でじっくりと見ること。肉眼ではわからないものが,倍率を上げるとくっきりと形や色が浮かび上がる。そこにうつるのは,植物の傷口や気孔,固いクチクラや細胞壁をも突き抜けて,栄養を吸い取ることで子孫を残していく微生物「かび」。そこは,農学部の中でも,微生物が引き起こす植物の病気について研究している場所だった。約1 万年も前から,食料のために畑を耕してきた私たち人にとって,農作物に病害を起こす微生物はどうにかして防ぐべきものである。
すべてはつながっている
学生時代の研究では,関東地方から,長野や静岡,秋田など,さまざまな地域で農作物の病気の発生を見た。畑やビニールハウスで,トマトやニラをはじめ野菜が病気にかかっている姿は壮絶だった。出会った農家の人々,夜通し研究室で一緒に過ごした仲間。すべてがあって今に行き着いた気がする。現在,トマトに根から感染するかびを使って「なぜ病気が起こるのか?」という疑問を解こうとしている。「今やっていることは,生き物たちの不思議な現象を見ることでもあり,自分たちの生活をより良くすることでもあるのです」。すべてをつなげて,いろいろな視点で見ることができる。だからこそ,おもしろいのだ。(文・日野愛子)
有江 力(ありえ つとむ)プロフィール:
1989年,東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。農学博士。理化学研究所研究員を経て,2000年より現職。