古野 敦司 – 株式会社ナノエッグ 取締役副社長・博士(生命科学)
研究者を目指して、米国の大学院に渡った古野氏。しかしながら、博士号取得後は外資系コンサルティング会社に就職し、ビジネスの世界に飛び込むことになる。その後、医薬品・医療機器メーカーを経て、現在はバイオベンチャー「ナノエッグ」の副社長。傍から見れば大きなキャリアチェンジを重ねてきたようにも見えるが、「自分のキャリアには一貫性がある」という。古野氏のキャリアを貫く哲学に迫る。
(incu-be*02より)
その時の興味がキャリアになる
丸:古野さんは大学院からアメリカに留学、その後も一見すると変わったキャリアを辿られているように見えるのですが、これまでの経緯を簡単にお話しいただけますか。
古野:実は、高校の頃は文系だったのですが、受験勉強の時に文系の暗記的な勉強の仕方が面白くなくて途中で理転したんですよ。大学に入ってからは理学部で生物を専攻していて、将来は研究者になって面白い研究をやりたいと思うようになりました。大学院を選ぶ時に、バイオの最先端は米国だったので、海外で武者修行するというのもありかなと思ってアメリカの大学院に入学しました。実際にアメリカに行ってみると、ベンチャー企業のようなラボ運営が面白くてビジネスに興味を持ちました。
丸:どんな所が面白かったのですか?
古野:米国の場合は、それまでポスドクだった人が助教として入ると、1つのラボを持つことになるんですね。そうすると、立場が一転、研究室の経営者になって、お金を取ってきて人を雇い、アウトプットを出すというベンチャーみたいなサイクルになっていきます。日本では多くの研究室が講座制をとっていて、ファミリーで1つの研究室を運営して、各スタッフが扱っているトピックスが少し違う。それはそれでいいと思いますが、助教とか準教授があんまりリスクテイクをするというシステムとはいえません。
丸:アメリカでは研究者がベンチャーを立ち上げたり、企業のサイエンティフィックアドバイザーになったりすることも多いですよね。
古野:そうですね。私がいた研究室もアドバイザーのような事を行ったり、ベンチャー立ち上げの相談を受けたりする場所でした。その中で、手伝いをしたり、話を聞いている内に、ビジネスにすごく興味を持ちました。それで、ドクターを取る最後の一年間はビジネススクールの講義をとったりしていたのですが、そこにリクルーティングに乗り込んできたコンサルティング会社に入社したというわけです。
丸:なるほど。その時の興味によって、自分の進むべき道が決まってきたわけですね。
研究に没頭した経験が、ビジネスに活きる
丸:研究からビジネスの世界にキャリアチェンジしたわけですが、研究経験はビジネスで役に立ちましたか?
古野:コンサルティングに関していうと、研究者が行うようなロジカルシンキングは必ず求められることなので、活かせたと思います。それから、ドクターに進むことが決まった時に、私の居た研究室のボスが言った事は「先に論文を書け。目次から全部書いてみろ」ということでした。まずは、仮説ベースで、結果を予測して全部書いてしまう。これは本当にいいレッスンだったと思っています。コンサルティング会社に行っても、仮説ベースで考えるということを徹底的に叩き込まれたので、「仮説→検証」という思考プロセスは共通していると思いますね。
丸:キャリアチェンジをした段階で27、28歳。専門は生物の知識しかないわけですが、不安とかありませんでした?
古野:当然不安はありましたよ。本当にビクビクものでした。ただ、心の底では開き直ってたんですよ。まぁ死にはしないだろうって。うまくいくかどうかもわからない研究に賭けていたドクター時代のストレスに比べれば大した事ないですから。貧乏生活も加わって、精神的にも肉体的にも追い詰められた「どん底」生活で死ぬ思いもしたし、卒業してから少なくとも2年くらいはたまに夢でうなされたりもしました。ビジネスにも困難な場面はたくさんありますけど、オリジナリティーを求められる研究に比べれば、「何とかする」ということが比較的やりやすいですから。
丸:僕もあの生活以下はないという自信はありますね。結局、ドクターまで行くと、「どん底」まで行って限界に挑む自分と対峙する瞬間がある。「どん底」まで行ってある種の哲学を持つことになる。結局、ドクターの人は個性があるから、自分のスタイルが決まれば、職業は勝手に決まってくると思うんですよ。
古野:私の場合も、傍からどう見えるかわかりませんが、その時々の興味に従った一貫性のある選択でした。だからこそ、ドクターの人には他人の目なんか気にせず、自分の信じる道を進めんで欲しいと思います。だって自分の人生でしょ。ドクター時代の「どん底」経験に比べればなにも怖いものなんてないんですから。
<記者のコメント>
「とにかくやりたいことをやってきた。これからもそうだと思う」。それまで培ってきた経験を使って、自分の興味の延長線上にキャリアを創ってきた古野氏。高くジャンプをするには、一度深くしゃがみこむことが必要であるように、まさに博士号取得時の「どん底」経験こそが、次の一歩への挑戦を支える自信となっているのだろう。(文:池田聡史・内藤大樹)