デスバレーを飛び越えろ! Fromビーカー to 工場|本間 英夫
関東学院大学 工学部 教授
私たちの暮らしがより便利になるよう,世界中の研究者が日々努力しさまざまな技術が生み出されているが,私たちの手元に実際の製品として届くものはごくわずか。ビーカーの中では再現できても,いざ工場で大量生産をしようとすると,活用できない技術がたくさんあるのだ。
工場を持つ研究室
製品を生むために必要な,基礎的な性質・性能を測る「研究」,目的の性能を持ったものをつくる「応用」,そして大量生産体制をつくる「実用化」というステップ。応用から実用化の間には,資金調達や生産効率の改善など多くの課題がある。そこを乗り越えるのは非常に困難で,デスバレー(死の谷)といわれるほど。その中で自ら工場を持ち,研究から実用化までを一貫して行っているのが,プラスチックめっき技術で世界をリードする本間さんの研究室だ。たとえ学生の研究でも,活用できそうならすぐに工場で実用化する。その一例に,15年前にある学生が出した失敗データがある。
あらゆる結果を実用化に導く
プラスチックめっきは,金属イオンが溶けた薬剤にプラスチックを沈めて行う。薬剤の働きで表面と金属イオンとの間で電子の受け渡しが起こり,金属が析出するのだ。当時この薬剤に含まれていたホルマリンは人体に有害なため,その学生はホルマリンを使わないめっき技術を開発していた。そして研究を始めて1年,「どうしてもできません」と持ってきたのは細かい棘状になったプラスチック表面の写真だった。ところがそれを見た本間さんは「目的の研究には使えないが,密着性は上がるのではないか?」と考えた。パソコンの中に入っているCPUなど,超微細回路をつくるためには,当時のプラスチックめっき技術では密着性が不足していたため,そこに使えると考えたのだ。すぐ特許を取り,実用化を進めたこの技術は,世界中のCPU素材をセラミックスからプラスチックに変えるきっかけとなった。
産業を発展させる人材を育てる
「実験に失敗なんてない。学生には環境だけ与えて,自由にやらせています」と言う本間さん。あらゆる研究を実用化する力の源には,若い頃の経験がある。30年前,本間さんの博士論文を当時の教授が見て,「おい,これいけるぞ」と,即座に新しい工場を建ててしまったのだ。「ビーカーでしか実験していないので,ひやひやした」と語るが,その工場は一時70億円も稼ぐ製品を生み出した。実用化のための技術と知恵を持つ人を育て続けている,本間さんの研究室。ここで学んだ技術者たちは,きっとデスバレーを飛び越えて産業を発展させていくだろう。(文・伊地知聡)
本間 英夫(ほんま ひでお)プロフィール:
1968年関東学院大学工学研究科工業化学専攻修士課程修了。助手,専任講師を経て,1982年大阪府立大学で工学博士の学位を取得後,関東学院大学工学部教授に就任。表面処理技術,産学共同研究により多数の賞を受賞している。