独自の発想で社会を変える|大野 弘幸 イオン液体からのバイオエタノール製法革命
東京農工大学大学院 生命工学専攻 教授
水は100℃まで加熱すると蒸発するが,その「液体の塩」は100℃になっても,沸点を下げるために真空にしても,蒸発しない。それが,大野さんが研究している「イオン液体」だ。液体の常識から大きく外れた性質を持ち,工業的な応用が期待されている。
誰も思いつかない使い道
塩は陽イオンと陰イオンの組み合わせでできており,一般的に常温では固体である。しかし,イオンを変えることで,熱しなくても液体の塩(イオン液体)をつくり出すことができる。融点の低い塩は1914年から知られていたが,使い道についての研究は進んでいなかった。大野さんがその透明な液体に出会ったのは1996年ごろ。電気を通す性質を持ったイオン液体を,電池の中の電解液代わりに使えるようフィルムにする研究を始めた。その後は,花,ディスプレイ,車…毎日毎日,どこにいても何を見てもイオン液体と結びつけて考え,いったい何に使えるのか,応用の可能性を探る日々を過ごした。その結果たどりついたテーマのひとつが,「セルロースを溶かすこと」だった。
セルロースを溶かすイオン液体
近年,底を突きつつある石油エネルギーの替わりとして「バイオマスエタノール」が注目されている。その原料は,デンプンなどだが,トウモロコシの芯など食べられないバイオマスからセルロースを抽出し,グルコースに分解して原料とするのが望ましい。しかし,植物からセルロースを取り出すには,硫酸などを加えて約200℃まで加熱することが必要なため,コストが高くなる。大野さんは,セルロースが溶ける条件を調べ,イミダゾリウムイオン(陽イオン)と亜リン酸イオン(陰イオン)を組み合わせて新しいイオン液体を合成した。この液体に枯れた植物を入れると,加熱しなくても2時間ほどでセルロースが溶けてくる。酸を使わずに常温で植物からセルロースを取り出すことに成功したのだ。近い将来,バイオマスエタノールの製造方法が根本から変わるかもしれない。
20年後の社会を変える
「自分の研究でこれからの世の中を変えてやろう」。そう思って研究を続けてきた。学会でもなかなか信じてもらえなかったイオン液体。この数年で,化学の専門誌が1冊まるごと特集を組むほど注目されるようになった。その最先端を走る大野さんは,「20年後,この研究が“今の世の中を支えているんだ”といわせてみせる」と意気込む。新しいものは簡単には受け入れられないが,20年後の当たり前を,今つくりたい。そんな想いで,研究の最先端を力強くリードしている。(文・磯貝里子)
大野 弘幸(おおの ひろゆき)プロフィール
1981年早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。工学博士。1988年より東京農工大に赴任。1997年より現職。研究室ウェブサイト