環境浄化に役立つ微生物を探し出せ!|諏訪 裕一
中央大学 理工学部 生命科学科 諏訪 裕一教授
2008年春,中央大学理工学部に生命科学科が新設された。生命科学は個々の遺伝子やタンパク質の機能の確認から発展し,細胞や微生物全体をとらえ,機能や生態を研究する新たな段階を迎える。その先端を担う研究者が中央大学に集まった。今,毎日の生活や工業,農業などの人間の産業活動から出された汚水が川や湖,やがては海へと流れ込み,魚介類や鳥など多くの生物に被害をもたらしている。この問題を解決しうる研究にわるのが諏訪さんだ。
微生物に興味を持ったきっかけ
高校生の頃は,友だちとチームを組んでハンドボールをしたり音楽を聴いたりして日々を過ごした。当時の諏訪さんには,きっと今の自分の姿は想像もつかなかっただろう。自分の軸は何なのか。大学受験では理系も文系も両方受けるくらい,よく分からなかった。「ただ,生き物を扱うのは柔らかい感じがして,いいイメージがありました。環境っていうのもなんとなくおもしろそうな感じがしましたね」。大学に入ってからは,たくさんの人と話をすることで,だんだんと自分の興味がはっきりとしていった。今でも覚えているのは,後にそこで研究を行うことになる東北大学の農学研究所を訪ねたとき,ある教授から聞いた話だ。「微生物の中には,自然界の過酷な環境で空気がなくても有機物がなくても普通に生きているものがうじゃうじゃいる。それが,地球の生態系を維持していることをすごくおもしろく説明してくれたんです」。このときに感じた驚きは,今でも鮮明に覚えている。
もっと身近な場所で探してみよう
環境汚染物質であるアンモニアと亜硝酸を取り込み,窒素を吐き出す。それが諏訪さんの研究対象,アナモックス細菌の特徴だ。初めは,窒素ガスが多量に発生し汚水が浄化されているというふしぎな現象が起こっていたヨーロッパの廃水処理施設で,オランダの研究チームによって見つけられた。自然界ではどうか。そういった疑問から,海外の研究グループはバルト海,黒海やアフリカ沖で探索を行い,実際に海底の大陸棚から見つかったという報告もあった。ただし,諏訪さんが探す先はそんなに遠い海の真ん中でなく,もっと身近な場所だ。「自然界って広すぎますよね。それなら自分たちの周りにある汚染が進みやすい場所を探してみようと思いました」。見渡す限り水面が緑色になった湖や川。日本やアジアには,アオコが発生するくらい水質汚染の進んでしまった場所がある。ここには,アナモックス細菌のエサとなる物や農業用肥料などに由来するアンモニアや亜硝酸がたくさん含まれている。「きっとここにもいるはずだ」。こうして探索が始まった。
自分にしか見えない新しい発見
これまでに行ったのは,茨城にある湖「霞ヶ浦」や大阪の「淀川」,さらにタイの水田やベトナムのマングローブ林と,それをつぶしてつくった主に日本への輸出のためのエビ養殖池。そこでや土壌を採取し,ビンにつめて研究室へと持ち帰る。ただし,次にやることは「ふるい」にかけるようにして,泥や土の中から見つけ出すことではない。特別な測定装置を使い,アナモックス細菌がエサを食べ呼吸をするときに消費するアンモニアと亜硝酸が,どれだけ窒素へ変換されているのかを検出する。まるでビンの中で起きている,微生物のからだの中の反応を見ているようだ。「特別なメガネをかけた人にしか見えない世界が広がっているような気分です」。自分が初めてそれを発見するという期待高まる瞬間だ。今,日本では廃水処理施設での汚水の浄化にアナモックス細菌を利用しようという動きが進んでいる。ただし,応用的な研究が行われ新しい技術を開発するためには,諏訪さんが担うような基礎的な研究がもっと必要だ。より効率的に浄化を行えるようなアナモックス細菌はどんな場所にいるのか。浄化効果を保つための温度やpHはどのくらいだろうか。まだまだ分からないことばかりだ。「新しい知識やアイディアの種を見つけたい」。それが自分のやりたいことであり,自分の役割でもあるという。そのためにも,探索を続ける。環境浄化の技術につながり,また新たなアイディアを生み出す種が,きっとここから生まれていく。(文・日野愛子)
諏訪 裕一(すわ ゆういち)プロフィール:
1980 年東北大学農学部卒業。農学博士。1986 年に通商産業省工業技術院公害資源研究所(現在の独立行政法人産業技術総合研究所の前身のひとつ)研究員となり,研究室長などを経て,2008 年より中央大学理工学部生命科学科教授。