新しい発想を世の中に送り出したい|普後 一
東京農工大学 農学部 生物生産学科 普後 一教授
「ボンバーグ」。普後さんと出会った人はみな,ふしぎな言葉を連呼する。その正体は,カイコの学名:ボンビックス(Bombyx)とハンバーグをあわせた造語だ。「馬鹿げた研究に見えるかもしれないけれど,無駄なものを有効利用するために“こんな方法があったのか”と気づいてもらえたらうれしい」。絹の生産だけではないカイコの可能性が生まれている。
養蚕から広がる研究
紀元前のはるか昔から着物やドレスをつくる高級な繊維として人々に珍重されてきた絹は,鱗翅目・カイコガ科に属するカイコが幼虫から蛹になるときに紡ぎ出す繭を加工してつくられる。繭の主成分は,カイコが体内でつくり出す繊維状のタンパク質,フィブロインだ。絹糸を得るためには繭を煮て,繊維と繊維の結合を緩めてから,糸を取り出す。1967年,普後さんが東京農工大学農学部養蚕学科に入学してから約30年,「より高品質な絹をより効率的に生産する」だけでなく,古くから研究されてきたカイコは,昆虫のさまざまな生態や機能を調べるためのモデル生物となった。長年の昆虫ホルモンの研究に加えて,普後さんは現在,「持続可能な社会」のために,これまで大部分が産業廃棄物として捨てられてきたカイコ蛹の有効利用の方法を探っている。
食用開発〜ボンバーグの誕生〜
中国や韓国では,カイコを食べる習慣があり,日本でも養蚕の盛んな地域では食されていた記録が残る。実際に蛹のタンパク質,糖質,脂質をみると,牛,豚,鶏肉に引けをとらない栄養価があり,高タンパク食として生まれたのが「ボンバーグ」だ。食品としては,味覚,嗅覚,視覚も重要な要素になるため,蛹を粉末にし,牛肉と豚肉のあい挽き肉とさまざまな割合で混ぜて試作した。100%蛹粉末のボンバーグは臭いがひどく猫も顔を背けるほどだったが,30%以下のものは研究室の学生にも好評だ。
生き物に学ぶ姿勢を大切にする
蛹に約25%も含まれる脂質に注目して,バイオディーゼルとして利用しようという研究も始まった。「これまでになかった発想を創っておくことが大切。それが,次の科学を生み出すはずです」。学生時代から一貫して「生き物に学ぶ」ことを心がけてきたことが,ユニークな考えを生み出す源泉になっている。この春,昆虫に学んだ知恵を本にまとめた普後さんは,これからも新たな発想で周りの人を刺激していく。(文・宇田真弓)
普後 一(ふご はじめ)プロフィール:
1971年東京農工大学農学部養蚕学科を卒業後、1976年北海道大学農学研究科で学位取得。農学博士。その後東京農工大学農学部助手、助教授を経て、1997年より現職。
http://kenkyu-web.tuat.ac.jp/Profiles/2/0000146/profile.html