細胞のかたち作りにせまる
原田 伊知郎
東京工業大学 生命理工学部 助教
心臓や脳,筋肉に肝臓。私たちのからだをつくる臓器にはそれぞれ決まったかたちがあり,それらを構成する細胞も,特徴的なかたちを持つ。「その細胞たちの個性には,必ず意味がある」と考え,かたちを決める原因を探している。
臓器のかたちをつくる骨組み
私たちのからだは細胞が集まってできている。そう教科書には書いてあるが,実は細胞の外にはコラーゲンやヒアルロン酸など,200種類以上もの細胞外マトリクスと呼ばれる物質がある。それらは細胞と結合し,臓器をかたち作る骨組みのように働いている。臓器や細胞のかたちには,このマトリクスと細胞との間に働く「力」が大きく影響しているのだ。かたち作りのしくみが解明されれば,今はつくれない立体の人工臓器をつくる研究を大きく進めることができる。しかし,力という実体のないものを調べる手段は,今まで存在しなかった。その方法をつくることが,原田さんの研究テーマだ。
足場に伝わる力を見る
それを調べるため,細胞培養用シャーレの上に,ハイドロゲルというソフトコンタクトレンズに似た素材でできた直径1µm(マイクロメートル:1mmの1000分の1),高さ5µmの柱を敷きつめた。その上で細胞を培養すると,力が加わった方向に柱がゆがむ。それを顕微鏡で検知するのだ。新しい方法をつくろうとしているため,専用の装置など売られていない。市販のものを改造しながら,ハイドロゲルの柱をつくる機械,そのゆがみを検出する顕微鏡,顕微鏡上で細胞を培養する装置,すべてを自分の手でつくった。学生時代は物理学専攻だった。そのとき所属していた研究室では,買った機械はまず分解してしくみを理解することから始めていた。その経験があったからこそ,できたことだ。
自分だけの楽しみを見つける
物理学部にいた頃は,生物の中の物理現象なんて,とみんなが笑い飛ばしていた。そのなかで,人と同じことをしたくない,という意識から異分野に飛び込み,自分だけの役割をつくり上げてきた。みんなが同じ方向を向く中で,あえて別の方向に足を踏み出してみる。その瞬間,それが自分の個性になるはずだ。原田さんは,自分だけの研究を誇りを持って進めている。(文・西山哲史)
原田 伊知郎(はらだ いちろう)プロフィール:
1994年東京理科大学理学部物理学科卒業。東京工業大学理工学研究科で物理学を専攻し2001年理学博士となる。その後東京工業大学生命理工学研究科で博士研究員を経て現職。また2008年より(独)科学技術振興機構さきがけ研究者。
http://www.akaike-lab.bio.titech.ac.jp/akaike/staff/list04.html