植物化石 〜フイルムに写される太古の世界〜|西田 治文

植物化石 〜フイルムに写される太古の世界〜|西田 治文

中央大学 理工学部 教授

化石は過去の生物を現代に残すもの。そんな化石となった被子植物を前に,ダーウィンは「忌いまわしき謎に満ちている」と言ったそうです。それは,裸子植物から被子植物への進化を説明するのに十分な化石証拠が見つかっていなかったから。しかし,現代の科学技術は,ミクロの世界まで含めた過去の環境をよみがえらせてくれます。

過去のかたちを現代に届ける

植物が土の中に埋まり,分解される前に火山由来の熱水や地下水に含まれるケイ素や炭酸カルシウムなどの鉱物が植物の組織にしみ込むと,もとの植物のかたちがそのまま化石として残されることがあります。たとえば,漬物をつくるときに味の成分が植物の組織にしみ込むようなもので,植物はそのかたちを保ったまま全体が石になってしまいます。このようにできた化石を「鉱化化石」といいます。

当時を写すフイルム

化石をくわしく調べたい。けれども,ごつごつした石をそのまま顕微鏡で見ることはできません。ひと昔前は,化石を薄くスライスして観察用切片をつくっていました。しかし,これでは貴重な試料が削れて失われてしまいます。そんななか,50 年ほど前に「ピール法」という新しい切片のつくり方が開発されました。植物の化石が閉じ込められている石を酸につけると,石の成分だけが溶け,植物の組織はそのまま残ります。そこにアセトンという有機溶媒をたらしてプラスチックフイルムを乗せます。乾いたフイルムをはぎ取ると,植物の組織をそのまま取り出すことができるのです。その切片を顕微鏡でのぞけば,植物の微細な構造が見えてきます。たとえば,維管束の並び方,花や種子の構造,組織の中の虫までも。これらの情報を今の植物と比べることで,化石になったその植物がどんな種類なのか,どんな気候の下でどのような生活をしていたのかなどを知ることができます。切片は当時を写し出すフイルムのようなものなのです。

ミクロの世界が教えてくれる生態系

化石の中には,当時生息していた目に見えない生物の世界もとどめられています。河口など分解されなかった植物の細かい破片などが溜た まる場所では,溜まったものが水中の成分と結びつき,時間が経つと石になります。中央大学の西田治文さんは,今では氷河が存在するほど寒い南米のパタゴニア地方で採取した化石から,植物体の破片以外にもシダの胞子や菌類などをたくさん見つけました。これは,当時のパタゴニアがシダや菌類が多く生育する,温暖な土地だったことを意味しています。科学技術の進歩によって明らかにされた化石の秘密をダーウィンが知ったら,今度はあまりに情報が多すぎて,頭を抱えていたかもしれません。

西田 治文 プロフィール:

中央大学理工学部 教授。1979 年千葉大学大学院理学研究科修士課程修了後,1983 年京都大学にて理学博士取得。国際武道大学および東京大学助教授(併任)を経て,1997 年より現職。