<対談> 池尾一穂 × 五條堀孝 ダーウィンをみつめて

ダーウィン生誕から200 年。時代を超えて進化の研究は,今も盛んに行われています。なぜ,研究者たちは進化について探求するのでしょうか。国立遺伝学研究所の五條堀孝さんと池尾一穂さんに語ってもらいました。

ーー進化学者の視点から見て「進化」というのはどのような考え方なのでしょう?

(五條堀)時間とともに変化していくことが進化です。ただ,ひとつの個体が変わっていくということではなくて,子孫へと世代交代をしていく中で脈々と変わっていくことを指しますね。進化という言葉を聞くと進むというイメージがあるのが一般的かもしれないけれど,進まなくてもいいんです。

(池尾)そう,そして優れていく変化でなくてもいいんですよ。

(五條堀)ある基準があったときに,それと比べて特徴や形態が劣っていたりすれば,「退化」という考え方も生まれるけれど,基本的には進化も退化も同じように「変化」であることに変わりはないんです。

(池尾)ひとつの視点から見たら進化といえるかもしれないけれど,違う方向から見たら,逆かもしれない。進化学をやっている身からすると「退化」という言葉を使わない。意識的か無意識かわからないけれど好まない人が多いようです。

 

ーー「DNA」や「遺伝子」という概念が加わった現代,先生方が感じる進化を研究するおもしろさとは?

(池尾)分子生物学という視点が加わったところで,進化の研究のおもしろさが変わったわけではないと思いますよ。ヒトとサルとを比べて「どうして違うんだろう」とか直感的に疑問に思うことを解明するおもしろさは変わらない。あえて言えば,昔なら「サルには毛があってヒトには毛がない」と言って,そこで終わっていたことが「どうして?」という理由まで,分子のメカニズムを含めてわかるようになってきた,ということもおもしろい点のひとつといえます。

(五條堀)進化の研究では,一種の生物だけじゃなく,すべての生物を地球スケールで見通す醍だ いごみ醐味があります。たとえば,タンポポだけを見るというのも確かにおもしろいけれど,巨大なスケールで地球全体を見通せるところがおもしろい。それから,生物には共通性と多様性という,相反する概念がある。たとえば,生物が共通でDNA持つ一方,見た目など違う部分もある。この2つの性質が生物の中にどのように共存しているのか,メカニズムまで知ることができるのもおもしろいと思いますね。

ーーダーウィンは本当にすごいんですか?

(五條堀)生物学の中で,150年以上も学説が残るというのはすごく大変なこと。150年という歳月を超えて,ダーウィンの自然淘汰説は残っているんです。そう考えると,ダーウィンは偉大な科学者だと思います。

(池尾)少なくとも, 今の基礎生物学の概念として「DNA」だとか「遺伝」と並んで,「進化」という概念は定着しているような気がします。

(五條堀)ただ,「ダーウィン=進化」というのは間違いですね。やっぱりラマルクとか,ウォレスなどの進化思想もありましたから。多様な生物を神がつくったといわれてきた社会の中で,必ずしもそうではない,自然が淘汰を起こすことで多様な生物が生まれてくるのだといったのはすごいと思います。まだ「遺伝の法則」や「突然変異」という概念が確立されていなかった時代に,「自然淘汰」を言い出した彼の先見性は見事なものでしょう。「徐々に」変化していると言ったからね。

(池尾)この前たまたま進化の本を読み直していたら,ウォレスは「自然環境によって生物に違いがある」とまで言及していたが,「変化している」とは言わなかった。そこをついたことがダーウィンのすごさだと思います。

(五條堀)そうそう,それも「徐々に」変化していると言ったからね。

ーー『種の起原』発刊後の進化の研究について教えてください。

(五條堀)ワトソンとクリックのDNA二重らせん構造の発見というのは,進化学に限らず生物学全体の功績といえるけれど,進化学においては,木村資も とお生の「中立説」というのも特筆すべき学説だといえますがどうでしょうね?中立説がなかったら現代にうまくフィットできなかったと思います。

(池尾)ダーウィンの説がこのゲノムの時代に生き残ったのは,中立説のおかげだと思いますよ。中立説がなかったら現代のゲノムや遺伝子という概念がある現代にうまくフィットできなかったと思います。ダーウィンは確かにすごいけれど,彼の学説は形態を見ている話なので,すんなりDNAの話には持ってこられなかった。

ーーお話の中にラマルクやウォレス,木村資生など他の進化学者が登場していますが,その人たちと比べてもダーウィンはすごいといえるのでしょうか?

(五條堀)木村さんの仕事もダーウィンがいなければ,なかったわけですよ。もちろんダーウィンの考え方はどこかで必要だったことですから,もしあのときダーウィンが唱えなくても,後のち誰かが唱えたでしょう。もしそうだったとしたら,進化の研究はもっと遅れていたでしょうね。

(池尾)ビーグル号による航海から『種の起原』が出版されるまで,20年もかかっているんです。きっと,ひとりこもって考え続けたんでしょうね。あのときすでに,今も課題となっているかなりのことがらについてすでに触れているんです。性選択,形態進化のことも言っているし,観察だけでそこまでたどり着いている。そういった意味では,進化の考え方の土台となっているところもある。

(五條堀)そうですね。そういう意味では,なお彼の知性をこえていない部分はあるでしょう。なお彼の知性をこえていない部分はあるでしょう。

ーーもし,彼が現代に生き返って先生方の研究室に来たらどんな研究を一緒にしたいですか?

(池尾・五條堀)それはおもしろい質問ですね。

(五條堀)もし彼が現代に生き返ってきたら,私は彼に怒られちゃうんじゃないかと思うんですよ。長くても3年で結果を出せという現在の研究方針を見て,「そんな結果でわかるわけないでしょう」と言われてしまうかもしれない。20年かけてしっかり研究して本を書きなさいって。そう怒られる気がする。

(池尾)逆に言うと,ここ100年で研究の進め方が変わり過ぎてしまったんです。もし,ダーウィンが昔通りの研究の進め方をしていたら,周りは我慢できない。私だったら「もっと何かやれ」って言ってしまうと思いますね(笑)。

(五條堀)でも,もし共同研究をするとしたら,豊富な仮説を持っていると思うし,知恵の宝庫になってくれて本当に楽しいんじゃないかな。

ーーダーウィンはなぜ,『種の起原』で進化論を唱えたのでしょう。

(五條堀)興味に忠実だったのではないでしょうか。当時の風潮としてかなりの批判を受けていたのだと予想できるし,そんななか,新しい学説を唱える「つらさ」があったでしょう。それでもなお主張したのは,やっぱり興味に忠実だったんだと思いますね。だっておもしろいじゃない。

ーー先生方が今,さらに進化を研究し続けるのはなぜですか?

(五條堀)僕は自分を知りたいからだね。なぜ自分は存在するのかという自分の存在意義を知りたい。デカルトが「我思う,故に我あり」と言っているけれど,自分と自分以外のものを比べると「進化」という視点になるわけです。

(池尾)進化を研究するというところに絞しぼれば,私個人的には「だっておもしろいじゃない」のひと言。それが大元にある。

(池尾)サイエンスの中でも,進化学は自分で疑問を設定して解き明かすことがやりやすい分野なのかもしれない。応用研究が目の前にある分野ではないですから。

(五條堀)問題は宝の山のように多々ある。でも問題を設定するのは非常に難しい。答えを導いたとき,自分にしか知らないことがあるということは震えるほど喜びがあるのです。(対談構成・設楽愛子,佐野卓郎)

池尾 一穂(いけお かずほ)プロフィール:

国立遺伝学研究所,生命情報・DDBJ研究センター准教授。1985年静岡大学理学部卒業。1992年総合研究大学院大学生命科学研究科博士課程修了,博士号(理学)取得。2003年から現職。

五條堀 孝(こじょうぼり たかし)プロフィール:

国立遺伝学研究所副所長。生命情報・DDBJ 研究センター長,教授。1974 年九州大学理学部卒業後同大学院に進学。1979 年博士号(理学)取得。国立遺伝学研究所教授,総合研究大学院大学教授などを併任し2007 年から現職。

http://www.nig.ac.jp/section/gojobori/gojobori-j.html