メダカに託した想い|井尻 憲一

メダカに託した想い|井尻 憲一

東京大学 アイソトープ総合センター 井尻 憲一教授

「人が宇宙で暮らす」。これは,宇宙を研究する者にとって大きなテーマのひとつです。今までにも,さまざまな生物を使って研究が行われてきましたが,東京大学の井尻憲一さんは,メダカでその可能性を示すことに成功しました。

宇宙で子孫は残せるか?

水の中で泳いでいる魚の姿は,まるで宙に浮いているかのよう。宇宙に行っても無重力であることの影響をあまり受けないことが予想され,実験に適していると考えられてきました。なかでも,メダカは世界中でよく研究されていること,産卵から10 日程度でふ化することから注目されていました。これまで,どの生物でも宇宙で生殖行動から産卵,そしてふ化までを一度に観察できた例はなく,メダカを使った実験ならば実現できるのでは,と考えられたからです。しかし,実際にフンジュラス(メダカの仲間)を宇宙に連れて行くと,無重力状態では魚類でも方向感覚が狂うため,ぐるぐる回って泳ぐ「ルーピング」をしてしまい,産卵行動には至りませんでした。

小さいけれど,偉大な一歩

この問題を解決するため,井尻さんの実験チームは,飛行機を急上昇・急降下させてつくった無重力状態で,くり返しメダカを観察しました。その結果,ルーピングしない種類のメダカがいることを見つけ出したのです。そして1994 年,ついにこのメダカを使った実験で,宇宙空間での生殖行動,産卵の観察に成功しました。さらに,その卵は宇宙滞在中に正常にふ化して,赤ちゃんメダカを観察することもできたのです。これは,宇宙空間で産み落とされた脊椎動物の卵も問題なく発生できる,という大きな発見になりました。

さらなる研究に向かって

今,目指しているのは宇宙空間での「3世代飼育」です。宇宙に連れて行くメダカが,1世代目。宇宙空間で産まれた子どもが2世代目。3世代目は,宇宙で産まれたメダカ(2世代目)から産まれた子どもです。もし,3世代目のメダカが正常に成長することができれば,4世代目,5世代目と何代も先へ子孫を残すことができると考えられます。現在,国際宇宙ステーション(ISS)での実験に向けての準備が着々と進められているところです。いつか,宇宙でも人や他の生物が,地球と同じように生活する時代がくるかもしれません。(文・石澤敏洋)

井尻 憲一 プロフィール:

東京大学 アイソトープ総合センター 教授。東京大学工学部計数工学科卒業,博士課程修了。博士(理学)。東京大学理学部動物学教室にて助手,講師,東京大学アイソトープ総合センターにて助教授を経て2007年より現職。