宇宙とつながる研究室 |河村 洋

宇宙とつながる研究室 |河村 洋

諏訪東京理科大学 システム工学部 河村 洋教授

2008 年8 月,日本で初めて「きぼう」を使った科学実験がスタートしました。東京理科大学の研究チームは宇宙から送られてくる画像と向き合いながら,遠隔操作で遠く離れた宇宙空間の実験機器を慎重に動かし,宇宙だけで見られる液体の現象の観察に挑んだのです。

宇宙では理想の結晶ができるだろうか?

今,携帯電話やゲーム機の中には,とても速く動作する小さなコンピュータが入っています。なかでも,すばらしく速く仕事をこなす部品をつくるには,原子がきれいに並んだ材料(結晶)をつくり出すことがとても大切です。原子がきれいに並んでいればいるほど,よりよい性能のコンピュータや携帯電話ができるのです。一方,最初に手に入る材料(原料)では,原子はでたらめに並んでいるので,それらをきれいに並び変える必要があります。そのために,原料をいったん溶かしてゆっくりと固め直すことで,原子をきれいに並べます。しかし,その過程で原料の中にどうしても熱い部分と冷たい部分ができてしまいます。地球には重力があるため重さが生じますが,熱い部分と冷たい部分では比重が違うので重さが異なります。重いところは下に,軽いところは上に移動するため,原子は完全にはきれいに並んでくれません。そこで無重力状態の宇宙空間なら,もっときれいな結晶ができるかもしれないと考えられました。そのため,10 年以上前にスペースシャトルを使って宇宙の無重力状態の中で結晶をつくる実験をしたドイツの科学者がいましたが,無重力状態でも完全な結晶にはならず,縞模様ができてしまうことがわかりました。重力だけが原因ではないことがわかったのです。

重力があると確かめられない研究

コップになみなみと水を注いだとき,コップの縁ふちのところで水が盛り上がったように見えます。これは「表面張力」によるものです。表面張力は,高い温度では小さくなり,逆に低い温度では大きくなるという特徴があります。温度が変わることで力の釣り合いが変化し,それが液体全体に伝わると「マランゴニ対流」と呼ばれる現象が引き起こされます。これは,地球上でも起きていると考えられますが,重力の影響の方が強い地球でははっきりとは観察することはできません。このマランゴニ対流,温度の差が小さいときは静かなのですが,温度差が大きくなると急に脈を打つような振動(しんどう)流へ変化します。これが結晶に縞模様をつくった力の正体でした。しかし,いったいどのような条件で振動流が起こるのか,重力が存在する地球でできるのは理論から仮説を立てるところまで。マランゴニ対流は,2 枚の円状の板(ディスク)に液体を挟んで「液柱(えきちゅう)」をつくることにより観察できます。地上では,挟んだ液体が重力に耐えきれず,観察には不十分な数mm程度の液柱しかできません。無重力状態の宇宙空間なら可能だと考えられましたが,ロケットを使って実験を行っても,宇宙での滞在時間が短すぎるため確認することは不可能でした。

マランゴニ対流を確認する

河村さんたちは,「きぼう」を使ってマランゴニ対流を詳細に観察する実験を計画しました。どんなに小さなアクシデントが起きても,宇宙空間では地球から対処することができません。河村さんたちは実験機器の設計に5 年以上かけ,起こりうるあらゆるトラブル対策のために抜かりなく準備を進めていきました。ですが,宇宙では何が起こるかわからないのです。ですから,ついに60 mm までに伸びた液柱が画面に映し出されたとき,まずはほっとしたという河村さん。学生とチームを組んで,つくばの宇宙センターから,400 km 上空の宇宙ステーションにある実験装置を操作しました。ときには,液柱に入った泡を取る作業で終ってしまう日もありましたが,液柱を挟んだディスクを温めたり冷やしたりして流れの様子を観察し,地球ではできなかった実験を成功させました。河村さんは,学生たちとともに,新たに生まれた疑問の解明に向けて実験を進めています。他にも,「きぼう」では植物や筋肉,氷の結晶をテーマにさまざまな研究が行われています。「きぼう」が遠く離れた宇宙と大学の研究室をつなげたのです。

マランゴニ対流

マランゴニ対流

河村 洋 プロフィール:

諏訪東京理科大学 システム工学部 教授。東京大学工学部原子力工学科卒業後,1970年に同大学院にて博士課程修了。工学博士。日本原子力研究所主任研究員研究室長,東京理科大学教授を経て,2008年より現職。