毛細血管、縦横無尽|柴田 政廣
芝浦工業大学 システム理工学部 生命科学科 教授
ゾウの体重は約4t,ネズミは30g。同じほ乳類でも体重には10万倍も差があり,全身を流れる血液量も大きく違う。心臓から押し出された血液が流れる動脈は,枝分かれをくり返して細くなり,最終的には毛細血管となる。この毛細血管,からだの大きさによってどんな違いがあるのだろうか。
毛細血管はみんな一緒
「実は毛細血管の直径や間隔は,ゾウもネズミもほぼ同じなのです」と柴田さんは答えた。それは,毛細血管から細胞への酸素や栄養の供給が,拡散という物理現象によって行われるため。自然に拡散するのに最適な太さや分布になっていて,どの動物でもほぼ一定なのだ。このことを知ったとき,柴田さんは「生体はなんて合理的につくられているのだろう」と強く感じ,研究に没頭した。
「Why」が研究の推進力
毛細血管は細胞に酸素や栄養分を供給する要となる器官だが,きわめて細く小さい構造のため,まだ謎に包まれていることが多い。柴田さんは,この微細な世界で行われる物質交換を研究し続けてきた。特殊な物質で血中の酸素を光らせて濃度を測る手法を開発し,毛細血管と,そのもとにある微細動脈の酸素濃度を調べると,意外な結果が出た。微細動脈では血中の酸素濃度は高く,酸素が細胞に供給される毛細血管で初めて酸素濃度が低くなると予想していたが,「微細動脈内の血液の酸素濃度は,毛細血管に入る前にすでに下がっていたのです。この事実は微細動脈から細胞への酸素供給に加え,微細動脈の筋肉が血流調整のための運動をするときに,血管自身が酸素を消費しているからではないかと予想しています。今までこのような説を唱えた研究者はいません」。実は生物学とはまるで異なる,物理学分野出身の柴田さん。「まずWhy,つまりなぜだろうと考えることが大事。そして,そのwhyを追い続けることが,人とは違った自分自身のオリジナリティをつくり上げるのです」。
再生医療にも欠かせない
毛細血管の研究は,再生医療の発展にも欠かせない。たとえば,傷ついた皮膚を治療するために人工の皮膚で覆ったとしても,きちんと毛細血管がつくられ,酸素と栄養が行き渡らなければ,皮膚は死んでしまう。毛細血管は周囲の酸素濃度が下がれば不足分を補うために新しくつくられるが,酸素が不足しすぎると皮膚自体が生きていけない。「毛細血管がつくられ,かつ,新しい皮膚が死なない,最適な酸素環境があるはず」と言う柴田さんは,微小血管の酸素濃度を測定し続ける。2008年に開設したばかりの生命科学科には,新たなことに挑戦する活気があふれている。そこで柴田さんも,修士課程の大学院生2人と,オリジナリティを持った研究に取り組む毎日を送っている。(文・立花 智子)
柴田 政廣(しばた まさひろ)プロフィール:
1982年北海道大学応用電気研究所助手,1992年東京大学大学院医学系研究科講師,2008年より現職。
http://www.shibaura-it.ac.jp/faculty/bioscience_and_engineering.html