ちょいカメが宇宙へ旅立つ日 | 木村 真一
東京理科大学 理工学部 電気電子情報工学科 木村 真一准教授
日常生活でごく普通に使われている,携帯電話のカメラ機能。これが活躍する場所は,実は地球だけではありません。なんとこの部品から,宇宙で使える小型カメラができ上がりました。しかし,携帯電話の部品を宇宙へ持っていって使うのは,そんなに簡単なことではないのです。
宇宙で働くカメラ
宇宙で使われているカメラには「監視」という役割があります。国際宇宙ステーション(ISS)の建設や人工衛星の回収などをしているロボットアームの動きも,この「宇宙用カメラ」で監視されています。撮影された映像はコンピュータで圧縮されて地球にデータとして送られます。私たちはそれらを通して宇宙を見ているのです。一度宇宙へ飛び立つと修理が非常に難しくなるため,宇宙用カメラをつくるときには地球との環境の違いを考えてなるべく故障のないようにしなくてはなりません。では,地球と宇宙との大きな違いは何なのでしょうか。特に重要なのが放射線の影響です。大気層が散乱してくれるおかげで地球にはほとんど入ってきませんが,宇宙ではこの放射線を直に浴びてしまいます。そのせいでカメラに搭載しているICチップのシリコンが劣化して故障してしまったり,データが壊れたりすることがあるのです。そのため,これらに耐えられる宇宙用の部品をつくらなければなりません。開発の過程では幾度となく耐久試験がくり返され,とても時間がかかるのです。
見たいのに見られない!
現在使われている宇宙用カメラのほとんどは10年前の技術が使われていて,50cm四方もあります。そんな大きなカメラでは,見たくても見られないものがあります。ロボットアームの指先もそのひとつ。ISSのカメラはアーム全体を見渡せるように取り付けられているため,指先のような細かい部分を見ることができません。アームの手首にカメラを付けられれば細かい動きも見えるのですが,実現には大きな壁がありました。現在のものは,ロボットアームに付けるには大きすぎたのです。そこで登場するのが,東京理科大学の木村さんがつくった携帯電話サイズのカメラです。実は,私たちが普段使っている携帯電話の部品にも宇宙環境に耐えられるものがあり,それらを利用してつくりました。研究室では,「ちょいカメ」という愛称で呼ばれています。これまでの宇宙用カメラはすべての部品を専用に開発していたのですが,ちょいカメは市販の部品を利用してつくられています。おかげでこれまでとは異なり「小さく」「安く」つくれるようになりました。とはいえ,そう簡単に小型化が実現されたわけではありません。ちょいカメをつくる部品は何でもよいわけではないのです。木村さんの研究室では,宇宙でも使える部品選びのためにさまざまな携帯電話に使われているICチップに放射線を当て,どれくらい劣化するか,どのくらいの頻度でデータが壊れるかなどを調べています。また,同じ種類のICチップでも製造された日時や工場によって放射線に対する耐性が変わってしまうため,ちょいカメを大量生産するためには材料の確保が今後の課題となっています。
ちょいカメ,宇宙へ
2010年,ちょいカメが大きなミッションを背負って宇宙へ旅立ちます。衛星に載って金星へ向かい,カメラに映った星から衛星の姿勢を割り出すのが仕事です。ちょいカメは今後,小さく,安くつくれる長所を活かし,「見たいのに見られない」部分を写し出してくれることでしょう。はるか昔から神秘的な存在である宇宙。これまでは,特別につくられた専用の部品だけが宇宙での大きな仕事を担っていました。しかし現在では,私たちの身近にあるものでつくられた機器が宇宙へと飛び立っているのです。ちょいカメからの映像が届く日が待ち遠しいですね。(文・柴藤 亮介)
協力:木村 真一(きむら しんいち)
東京理科大学理工学部電気電子情報工学科准教授。1988年東京大学薬学部製薬化学科卒業,薬剤師国家試験合格。1993年同大学院薬学系研究科製薬化学専攻博士課程修了,博士(薬学)。郵政省通信総合研究所(現(独)情報通信研究機構)を経て,2007年より現職。