新しい環境に飛び込み、 新しいアイデアで勝負する 岡田 清孝

基礎生物学研究所 所長 岡田 清孝 さん(総合研究大学院大学 基礎生物学専攻)

世界中から集められた研究成果や遺伝子情報、種子がストックされ、植物研究で最もよく使われる植物のひとつである「シロイヌナズナ」。日本の植物分子生物学は、最初にこの小さな植物の研究を始めた、ほんの数人の研究者によって牽引されてきた。そのひとりである岡田先生は現在、基礎生物学研究所の所長として生物学の未来に想いを馳せている。

植物分子遺伝学の基礎

植物は、茎や根の先端に、活発に分裂し、器官を作り出す分裂組織を有する。分裂の方向やタイミングによって細胞が規則正しく並び、それぞれの機能を担う器官となるためには、細胞間の情報交換が必須。岡田さんは、特に葉に着目し、その情報交換の分子機構を明らかにしようとしている。「葉が付く位置の決定や、表側と裏側、中央部と周辺部の区別がどのように行われているのか、そのメカニズムはほとんど解明されていないのです」。岡田さんがシロイヌナズナを使った研究を始めた頃からのテーマの1つだ。

京都大学で、大腸菌やファージを用いた分子遺伝学の知識や手法を習得した後、東京大学の助手や、アメリカ・ハーバード大学の免疫学の研究室でのポスドクを経験した。意外にも、植物の研究に取り掛かったのは、1986年に基礎生物学研究所に移ってからだという。

当時はまだモデル植物という概念も浸透しておらず、それぞれの研究目的に合わせて異なる種類の植物が用いられていたために、互いの研究結果を参考にし合うことも難しかった。そのような中、シロイヌナズナが世界的に注目され始めたのをきっかけに、基礎生物学研究所に植物の分子遺伝学の研究室を設置。ワークショップなどを開催し、モデル植物としてのシロイヌナズナの研究を広める活動に注力した。毎年50〜60人が集まり、突然変異体の作出方法や遺伝子導入の系など、実験手法の紹介が中心だった。岡田さん自身も、重力屈性の性質を利用した突然変異体のスクリーニング方法を開発して『Science』に発表するなど、研究を進めていった。

先生の背中を見て育つ

大きな成果を出した先生の下にポスドクや研究員として人が集まり、経験を積む。そして、彼らは研究室を移り、また新たな成果を生み出していく。この繰り返しで研究は広がり、発展を続けるのだ。国内のシロイヌナズナを用いた研究も、岡田さんをはじめとした「第一世代」にあたる研究者の活動のおかげで成熟してきた。

いちばん身近な研究者である先生の、研究に対する考え方や進め方を間近で見て、自分のものにする。「『勘どころ』をうまく捉える感覚が結構大事で、誰かお手本になる人のそばにいてやってみないとわからないことが多い」。ノーベル賞を受賞した研究者の恩師も同じくノーベル賞受賞者だった、という例が多いように、「常日頃の言動や考え方、あるいは新しい論文が出たときの評価など、お弟子さんに伝わっている事柄は多いと思います。それがうまく伝わっているということが、学問の流れとして大事なことなんじゃないでしょうか」。

新しいアイデアで 「基礎」をボトムアップ

ゲノムの解読が終了し、ポストゲノム研究が世界的に進んでいる現在、岡田さんが考えているのは、昔試みられたがうまく続かなかった研究手法を改良し、今の研究に応用することだ。たとえば、先人たちは、カエルの卵を細いひもで縛ってみたり、胚の一部を移植したりすることで発生に関する知見を得てきた。このような微小手術は植物でも行われており、茎の分裂組織に傷をつけると、そのつけ方によって作られる葉の形態が変化する。「そういう技術をもう一度見直したい。レーザーで細胞を1個つぶしたときにどの遺伝子やタンパク質の動態に影響が出るのかを見たくて、特別なレーザーで細胞を切る装置つきの顕微鏡を開発しているところです」。

「すごく大きなことを始めようというわけではないんです。新しいことを少し始めて、それが本当におもしろければ、それをやろうという人がもっと増えてくるでしょう。そうなれば非常に嬉しいですね」。岡田さん自身、新しい環境に身を投じ、まだ誰も本格的に行っていなかった植物分子遺伝学にチャレンジしてきた。そもそもここは、新しいことに挑戦することを重視している場所。共同研究についても、新しいアイデアや、これはおもしろいからやってみようというものをできるだけ受け入れていきたいと考えている。「基礎生物学研究所は、やはり『基礎』のボトムアップが使命。そのためには新しいアイデアが勝負なんですよね」と話す岡田さん。ともに新しい挑戦をし、生物学全体をリードしていける後輩たちを待っている。
(文:磯貝 里子)