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東京工業大学 新エネルギー人材育成プログラム/東電ピーアール株式 コミュニケーションを忘れない科学技術者に

東京工業大学 新エネルギー人材育成プログラム/東電ピーアール株式 コミュニケーションを忘れない科学技術者に

東電ピーアール株式会社 電力館企画部 副部長 楠 和博 さん

東京工業大学大学院 情報理工学研究科 修士1年 塚本 隆史 さん

東京工業大学において、11月9日より4日間の集中講義「ケーススタディ〜エネルギービジネスと社会的責任」および「エネルギービジネスインターンシップ」が実施された(詳細は、左表参)。本プログラムに参加した学生は、エネルギー関連企業や新エネルギー導入に取り組む自治体に赴き、エネルギー問題の実際についてインタビューを行い、その結果をレポートとしてまとめた。*本記事は、インターンシップに参加した塚本 隆史さん(東京工業大学 大学院情報理工学研究科 修士1年)が作成したものです。

「常に心に余裕を持って、自分の専門分野以外の知識もどんどん学んでいった」と語る楠さん。火力発電所の建設・運転業務から得た幅広い科学技術の知識と、「学校の先生」という経歴を活かし、現在は渋谷にある電力館で、「一般の人に科学技術をわかりやすく伝える」という仕事に就いている。

様々な技術を次々に吸収

「中学を卒業した後、すぐに東電学園の高等部に入学しました。東電学園は、今はなくなってしまった(2007年廃校)けど、東京電力が技術者を養成するために作った学校で、3年間通った後に東京電力の社員となります。私は2年から火力コースに入り、火力発電に必要な熱力学等を学んでいました」。

東京電力の社員となった楠さんは、1971年に運転を開始した大井火力発電所の機器の据え付け・試運転など、火力発電所の建設業務を担当していた。火力発電所の現場に必要なのは、機械・電気の知識だけではない。タービンの冷却に用いる純水の生成方法や、生成された水の測定、さらにプラントの設計など、化学・測定分野など幅広い知識が必要となってくる。仕事の合間を縫っては、独学で勉強を続けるという生活が4年間ほど続いた。「当時は働きづめだった」と当時を振り返る。

発電所の建設から運転に仕事が変わっても、勉強することはやめなかった。運転業務では、最初はボイラー部門を担当していたが、次にタービン、さらには電気部門と担当を変わっていった。当時の日本では工場の排水等による公害が問題視されていたが、社内に化学を理解する人はまだ多くなく、それらの学問も吸収していった。

「どんなに忙しくても、自分の時間を作って、専門以外の知識を学ぶことは必要だと思う」。現在の若い研究者が、自らの研究に没頭するあまり、視野が狭くなってしまったり、一般社会とのコミュニケーションが薄れてしまったりすることを危惧しているようだ。

異なるフィールドへ

30歳のときに転機が訪れる。自分が卒業した東電学園から、先生としてオファーが来たのだ。通常の高等学校で必要な教員免許ではなく、職業訓練学校の先生となるための資格である「職業訓練指導員」を取得した。「電気部門から先生として呼ばれたら、普通は電気しか教えないものだけれど、機械や化学も学んでいたから、それらも含めていつの間にか14〜15科目も教えていました。生徒指導関係の仕事も扱ったから、他の学校関係者との勉強会にも参加して交流しました。教壇にも立って合宿にも参加して、部活動の指導などもしたし、東京電力の社員だけど、学校の先生に転職したようなものでした」。最終的には副校長を勤めた期間を含め、少なくとも5000名の卒業生を輩出している。卒業生は現在もエンジニアとして東京電力を支えている。

東電学園の教師となった同時期、楠さんは東京電力の労働組合の役員も務めている。東京電力の各部門・研究所の労働者のまとめ役として東京電力本店に出入りしながら、会社と組合との調整を行っていた。会社全体の動きはそこで学んだという。

「学校内の付き合いや各学校同士のネットワーク、労働組合としてのネットワークが広がっていった。そのころの知り合いは、今ではみんな偉い役職に就いているね」。当時から作り上げていたネットワークは、現在の仕事はもちろん、東京電力OBで行っているボランティア活動などにも役に立っているそうだ。

電力館で、科学技術を伝えたい

東京電力を55歳で退職した後、東京電力の関連会社である東電ピーアール株式会社に再就職、現在は電力館に勤めている。ここでは東京電力の電力事業についての広報活動を行っており、社内の事業について幅広い知識を持ち、小学生などにも理解できるようなわかりやすい教え方ができる、まさに楠さんにピッタリの仕事場である。

今年で開館25周年を迎えた電力館では、原子炉の1/3の模型や実際に火力発電所で使われていたタービンの羽を展示するフロア、子どもが電気の不思議や電気の力を学べるコーナーがあるほか、4階のIHクッキングルームではオール電化の暮らしの体験として料理教室を開催している。まさにここは「東京電力の広告塔」である。

「今電力館にいるのは営業系の社員ばかりで、科学技術については詳しくない。東京電力の各セクションから若手の技術社員が電力館などに赴いて、子どもたちに科学技術について説明すれば、東京電力のPR館としての意義がもっと深まる」と、電力館についての未来を語ってくれた。プラントの模型をただ展示するだけでなく、現場で使われている技術や開発中の研究を、技術者の視点からわかりやすく教えてほしいと考えている。「自分の専門分野に凝り固まっていないで、いろんな学問にも興味を持って、他の分野の研究者がどう考えどう取り組んでいるのかを知ると、ネットワークが広がるし、自身の研究に関しても柔軟な発想ができると思う。そうして学んだ知識を自主的に教え合う勉強会が自然と発生してくると、なお良いと思うね」と、研究者が幅広い知識を持つ必要性も語ってくれた。

ずっと同じ専門分野に留まらず、非専門家と専門家、また異業種の専門家同士でコミュニケーションすることの重要性を話してくれた楠さん。研究するだけでなく、社会に対して研究者自らも情報を発信し、お互いの知識を共有することが、これからの研究者に求められそうだ。

(文:塚本 隆史)