歯医者さんのロボット開発|槇 宏太郎

歯医者さんのロボット開発|槇 宏太郎

昭和大学 歯学部 教授

「医療現場では失敗は禁物,しかし失敗して初めて学べることも多い」。このジレンマを乗り越え,学生が安心して自分のスキルを磨ける,日本初の歯科治療訓練ロボットが誕生した。開発の中心となった槇宏太郎さんは,臨床の現場に立つ歯科医師とロボット開発者の2つの顔を持っている。

リアルな人間の反応を再現

歯科治療訓練ロボット「昭和花子」は,まぶたや眼球,あご,首など8か所の動きが調節でき,まばたきや首を動かす様子は人間そっくりだ。痛みを感じるような治療をすると,埋め込まれたセンサーが感知し,「痛いです!」と言って首を振ったり,器具をのど奥まで入れると嘔吐反射を起こしたりといったリアルな反応をする。しかし,相手はロボットなので,少しくらいの失敗なら大丈夫。簡単な会話や,音声にしたがって口を開くなどの動作もできるため,学生はロボットとコミュニケーションを取りながら,現場さながらの緊張感で治療を行うことができる。

歯科治療訓練ロボット「昭和花子」

歯科治療訓練ロボット「昭和花子」

「学問どうしの出会い」がきっかけ

もともとは,あごの骨を動かす筋肉のしくみや,ものを飲み込むときの舌やのどの動きなどを研究していた。そんな槇さんがロボット開発など工学的なアプローチをするようになったのは,今から約20年前の運命的な出会いがきっかけだった。あごの骨の密度を三次元的に解析することに成功し学会発表したとき,工学分野の先生が槇さんのデータとほとんど同じ図を用いて,ものを噛んだときのエネルギー分布を発表していたのだ。槇さんにとっては,思わぬ角度から自らの研究成果が裏づけされることとなり,これを機に力学的アプローチを重視するようになった。現在では,「ロボット開発こそ生体を知る一番の近道だ」という信念を持つまでになった。ロボットの専門家と協力してあごやのどを組み立てるうちに,その動きのメカニズムをよりくわしく解明することができるようになる。その成果は医療現場へと還元され,治療にも活かされている。

原動力は好奇心

今も新型のロボット開発に力を入れていて,「まだまだ知りたいことがたくさんある」と言う。この抜群の好奇心こそが槇さんの原動力。「大切なのは,『何ができるか』ではなくて『何がしたいか』。強い気持ちを持って突き進んだ先には,新しい可能性が待っています」。複数の学問分野を横断してオリジナリティあふれる研究に没頭している槇さんは,今日も好奇心に突き動かされ,新しい道を切り開いていく。(文・森夕貴)

槇 宏太郎(まき こうたろう)プロフィール:

1984年昭和大学歯学部卒業。1989年に昭和大学大学院歯学研究科修了後,1998年カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校客員教授。2003年より現職。