火星の農業事情|山下 雅道

火星の農業事情|山下 雅道

独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA) 宇宙科学研究所 山下 雅道教授

「いつか火星に移り住んで,思う存分火星の生命探査をしてみたい」。本気でそう考えている研究者は,実は世界中にいます。そのうちのひとり,宇宙航空研究開発機構の山下雅道さんは,火星で農業を行うシステムを開発しています。

火星の食材,検討中

山下さんは,火星で育てるならどんな植物や動物がよいのか,育てやすさや栄養バランス,水や空気の循環など多方面から検討しています。その結果,植物性食材はコメ,ダイズ,サツマイモとコマツナ,動物性食材ではドジョウとカイコを選びました。カイコは繭を取り除いた後のさなぎを食べます。カニみそに似た上品な味がするとのこと。また,カイコもエサとなるクワも,育成法がよく研究されているため,火星の食材として選ばれました。また,ダイズに代表されるマメ科植物は,根粒菌を共生させることで,いわば空気から肥料をつくり出すことができる植物。そのため,やせた土地の火星でも栽培することが可能だと考えられています。

火星で生きるためのカギ「共生」

マメ科植物の根をよく観察すると,直径3 mmほどの小さなコブ「根粒」がたくさんついています。ここには根粒菌が棲みついていて,空気中の窒素を化学反応でアンモニアに変え,大豆に受け渡しています。ダイズはアンモニアを使って,光合成でできた糖やデンプンをタンパク質へとつくり変えて成長していきます。その代わり,光合成ができない根粒菌は,ダイズから光合成産物をもらうという「共生」の関係にあるのです。しかし,この菌がどうやって根に入り込んでいくのか,なぜマメ科植物だけが根粒をつくることが可能なのか,今もわかっていません。ダイズは,世界中の植物研究者にとって謎の多い研究対象のひとつであると同時に,未来の火星生活を実現するためのカギとなっているのです。

日本の技術と伝統が宇宙へ!

山下さんが考え出した火星食は,思いがけなく日本の伝統食に近いものばかりでした。「日本には世界に誇れる技術がたくさんあります。それを実感したとき,私は日本で宇宙農業をやっていて本当によかったと思い,それが研究の原動力にもなっています」。山下さんの研究室では今日も,日本の技術や伝統が宇宙に飛び立つ日を待ちわびています。(文・立花智子)

山下 雅道(やました まさみち)プロフィール:

独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA) 宇宙科学研究所 教授。1976年,東京大学にて理学博士号取得,1976年から東京大学宇宙航空研究所, 1981年から宇宙科学研究所,うち1980年から2年半エール大学(2002年ノーベル化学賞受賞の研究に従事),2003年より現職。