医療の"眼"となる道しるべ|土肥 健純

医療の"眼"となる道しるべ|土肥 健純

東京大学大学院情報理工学系研究科 教授

「これからは工学だ。工学という新しい切り口で医学を開拓するのもおもしろいぞ」。叔父のひと言で,代々医者の家系で育った土肥健純さんは工学部に進学。それから40年間,工学を軸に医療分野に貢献するうち,外科手術では体内が「見える」とより多くの命を救えることに気づいたのです。

重ねて重ねて,光が通るよ

東京大学の土肥さんが開発した三次元映像「IV(Integral Videophotography)」は,あごの骨や脳など体内の組織を立体的にカラーの動画で見せることができます。磁気共鳴画像装置(MRI)で撮影した映像に三次元用の特殊な加工をし,それが映るディスプレイの上に小さな凸レンズが一面に並べられた「レンズアレイ」を重ねます。これで,どの角度から見ても立体的に見える三次元映像のでき上がりです。その秘密は,「焦点距離」。凸レンズの焦点面に置かれたディスプレイから発せられた光は,光源と凸レンズの中心とを結んだ線と平行に進みます。このとき,映像のほうは,ディスプレイ上にある多数のレンズからの光線を,前方の一点に集まるように調整しておきます。すると,見る角度によって目に入る光線が変わり,レンズで光を集めた一点から光が発しているように立体に見え,かつ視点移動にも対応するのです。「三次元空間に結ばれた映像を見るので,目が疲れにくく距離感もつかめる。長時間,高い集中力を必要とする外科手術にとっては,画期的なアイテムです」。中学理科で習うシンプルな光の性質が,アイデア次第で目からうろこが落ちるような技術を生み出すのです。

「いつ」助けるべきか,それが大事

これを応用して,妊婦の子宮にいる胎児の病気を治したいと土肥さんは話します。胎児の脊椎は,子宮内部の摩擦で損傷してしまう場合があります。そのまま生まれると障害を抱えて人生を送ることになります。ですが,妊娠初期に治療すれば,きちんと治ることもわかっています。「治療は難しいけれど,それができれば一生健康に生きることができるんですよ。ならば,それを可能にするような技術をつくりたいと思いました」。土肥さんの言葉は熱を帯びます。腹を割って話し合える外科医師の仲間を増やしてきた土肥さんは,医療現場で戦う者の苦悩をよく知っていました。将来はこうした三次元映像が,外科医師の「眼」となることでしょう。(文・孟芊芊)

土肥 健純 (どひ たけよし)プロフィール:

東京大学大学院情報理工学系研究科 教授。1977年,東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。2001年より現職。医療・福祉分野におけるロボットや機械を研究。「コンピュータ外科」の生みの親でもある。