研究者の柔軟性を高める 学融合の取組み 池内 了

総合研究大学院大学 学融合推進センター 池内 了教授

自分の研究分野が将来どのように発展していくか悩んでいないだろうか。長い目で見た場合、どんな分野を選んでも平等にチャンスがある、と総合研究大学院大学の学融合推進センターのセンター長である池内了さんは話す。チャンスを掴むためには学生のうちから専門分野が異なった者同士が交流し、多様な視点を受け入れることが大事であると考えている。

学問分野には流行り廃りがある

大学院や研究室はどのように選んだら良いのだろうか。研究者としての将来を考えたときに、目につきやすい「今盛り上がっている分野」に挑戦するという方法もあるだろう。例えば、最近ではiPS細胞研究が大きな動きを見せている。京都大学を中心に大きな予算がつき、研究者の数も増え、世界中で新しい研究成果が発表されている。もちろん厳しいが躍動感のあるこうした環境にこそ挑戦しがいを感じる人もいるだろう。しかし、マイナーな分野を選択肢から外す必要はない。池内さんは「学問分野には隆盛がある。10年、20年のスパンで考えれば、どの分野を選んでも変わらない」と話す。カイコの研究は、かつて生糸の産業の発展とともに盛んになったが、化学繊維の登場で研究規模が小さくなった。だが、近年は生糸が生体材料として注目されるようになり、過去のデータの蓄積が再びスポットライトを浴びている。「学問は人気が落ちても消えることはなく、相対的に注目度が小さくなるだけなのです」。カイコの研究がきっかけをつかんで復活したり、iPS細胞の研究が日本でここまで盛り上がると誰が予想できただろうか。 池内さんは観測を基礎とする理論天文学を専門としてきた。研究分野選択の際にはその当時人気だった素粒子物理学に心が傾いたこともある。しかし、ライバルがひしめくこの分野での競争は厳しいと思い、研究者人口が少なく、手をつけられていないことが多かった天文学に注目した。「この分野なら面白いことができそうだ」という期待感で進路を決めたのだ。池内さんが大学院生時代を過ごした1970年代は「観測的宇宙論の夜明け」と呼ばれ、衛星が打ち上げられ、データが集まり始めた時代だった。そのデータによって発見が相次ぐようになると研究者の数が増加し、大きな研究分野となった。 マイナーな分野でも、長い視野で捉えていれば、学問分野として大きく開けてくるタイミングが巡ってくることもある。大事なのは、それを掴むまで、地道に自分のやりたいことを貫くことだ。その上で池内さんは「やりたいことをやり、かつ時流に取り残されないために必要なのが異分野との交流だ」と話す。

耳学問も大切に

大学院生として研究している間はとことん「専門化」する期間だ。しかしその間に、自分の専門分野だけに縛られるようになっては学問分野の移り変わりに振り落とされてしまう。柔軟に変化に対応していくにはどうすれば良いのか。その方法のひとつが他分野の手法やものの考え方を知っておく、ということなのだ。ノースウエスタン大学の研究(2007年の『Science』に掲載※)によれば、過去50年の研究を対象に調査したところ、近年では単著の論文よりも、分野横断型のチームによって書かれた論文が増加しているという。「新しい知見を生み出すにはひとりの知識だけでは難しいということだと思います」。例えば生物学ではゲノムからタンパク質、細胞、組織、器官、個体と幅広い階層が存在し、ゲノムレベルで説明できたことが細胞レベルでは説明できない、という場合が多々ある。学問が多様化し、複雑化しているからこそ、領域や階層の異なる分野を俯瞰して初めて「明らかになる」事実があるのだ。また、別の階層の議論にも参加して全然違う分野の目で見れば、こんなに面白いことやっているのに気がつかないのかと指摘されることもあるだろう。新しい視点を得ることで分野間のギャップに気づき、それが発見の種になるかもしれない。そのためには、「いろいろな研究分野を観察し、モノの見方や手法の違いに注目すると良い」と言うことなのだ。「専門を持つことは大事だが、耳学問でもいいから、いろんな分野を知っておくこともいつかチャンスに変わる。特に、同じ分野でも異なった研究アプローチをとっているところに注目するのがコツではないでしょうか」。

新しい学問を生みだす総研大ならではの仕組み

池内さんがセンター長を務める総合研究大学院大学の学融合推進センターでは、こうした価値観を育む体制を充実させてきた。学生、研究者が様々な分野の学問に触れやすくなるように環境を整えているのだ。総研大には、普通の大学、大学院と異なり、学部は存在しない。国立天文台や国立極地研究所といった共同利用機関を束ねて、それらの研究機関が持っていなかった教育機能を充実させるために設立された大学院大学だ。日本中のバラエティに富んだ一流の研究機関が名を連ね、研究室配属先として選ぶことができる。それらの研究機関は大学に比べて大がかりなプロジェクトを組織的に進めており、100億円クラスの予算を持つような巨大プロジェクトに参加することも可能だ。学融合推進センターでは、これらの研究機関の研究の融合・交流を進める機能を持っている。 例えば、※人類学と生物学の共同プロジェクトでは、総研大に関わる研究機関が協力し、人類がどのように世界中に広がっていたかを解き明かすと言う。発掘された遺跡から文化の伝播を検証するという人類学的手法やDNAの系統解析といった生物学的手法を結合することによって新しい知見が得られる。これまでとは違った角度から人類の移動の歴史や交流のあり方などを推測できる。研究者同士で意見が合わないこともあるが、ひとりでは持ち得なかった斬新な視点を持てることがメリットだという。 共同研究や異分野同士のシンポジウム、フォーラムを開催する場所として、学融合推進センターの共同研究棟の完成も間近だ。若い人への期待をこめて「従来の学問分野から脱却し、新しい分野をつくるようなチャレンジをしてほしい」と言う。ひとりの研究だけでは、成果が出にくくなっている時代とはいえ、放っておいては異分野の交流は進まないのが現状だ。積極的に「学融合」を進める総合研究大学院大学の役割はますます重要になってくるに違いない。