あの子とあの子をつなげるプロフェッショナル「ヨウ素」|北 泰行

あの子とあの子をつなげるプロフェッショナル「ヨウ素」|北 泰行

立命館大学 薬学部 教授

うがい薬やデンプン検出試薬として使われる赤黒色の液体。その正体は,ハロゲン元素であるヨウ素です。このヨウ素化合物を化学反応の触媒として使うことで,効率よく安全な薬をつくりたい。立命館大学の北泰行さんの夢が,実現しようとしています。

薬づくりのハードルは高い

病院で処方されたり,薬局で売られていたりする医薬品の多くは,分子レベルで見ると炭素(C)原子が六角形をつくる「ベンゼン環」や,五角形をした「五員環」などの芳香環が結合しています。たとえば新しい抗がん剤として期待される「ディスコハブディンA」は,複数の芳香環が結合した構造をしています。薬づくりでは,単純な分子を順番にくっつけていくため,構造が複雑なほど多くの合成ステップが必要。各段階で目的以外の化合物ができてしまうと,不純物となり,最終生産物の量が減ってしまうのです。また,化学反応を起こしやすくする触媒として,鉛(Pb)や水銀(Hg)などの重金属反応剤や,パラジウム(Pd)などのレアメタル(希少金属)が必要となるため,健康に対するリスクやコストが高いことが問題となります。

重金属がダメなら次の一手

30年前から,北さんは水銀反応剤を触媒として抗がん剤を合成する研究をしていました。ところがあるとき,製薬企業から「毒性のある重金属が混入するリスクがあるから,薬としては使えない」と言われてしまいます。「薬にできなくては意味がない」。北さんは重金属反応剤を使わずに合成を進められないか,新たな触媒を模索しはじめました。注目したのは,「超原子価ヨウ素化合物」。単純な合成反応では,重金属と似た働きをすることが知られている物質でした。このヨウ素が使えるかもしれない。北さんの長い戦いが始まりました。

ねらいは当たっていた

1994年,北さんは,自身でも「革新的だった」という世界初の発見をしました。フッ素(F)を含むフルオロアルコールの中でヨウ素反応剤を使い,ベンゼン環を含む分子を材料に合成反応を行うと,ベンゼン環から電子がひとつ抜けた「カチオンラジカル」ができる,というものです。ベンゼン環はとても安定な構造ですが,カチオンラジカルは電子が抜けたためにプラスの電荷を持ち,マイナスの電荷を持つ分子と結合しやすくなります。これにより,分子どうしを結合させて複雑な分子を合成できる可能性が拓けたのです。世界中の研究者が驚く結果で,「金属なしでこんなことはありえない,と受け入れられず,再実験を何度もくり返しました」と北さんはしみじみと語ります。

一気に「夢」までひとっ飛び

次に北さんが挑戦したのは,芳香環どうしの結合でした。試行錯誤の結果,ついに成功。2010年10月にノーベル化学賞を受賞したクロスカップリングでは,触媒にレアメタルのパラジウムを使い,反応しやすいように芳香環に亜鉛(Zn)やホウ素(B)などをつけ下準備をする必要がありました。しかし,ヨウ素反応剤を使えば,ヨウ素が直接芳香環の反応を活発化します。工程がひとつ省かれ,かつ安価なコストで安全にクロスカップリング体をつくり出すことができるようになったのです。「安全に薬をつくりたい」という北さんの夢が,現実のものとなりつつあります。

逆境にチャンスあり

今はまだ金属触媒でしかできない反応もあるため,今後も研究を進め,すべてをヨウ素触媒で置き換えたいという北さん。「化合物が変わると,合成反応はなかなかうまくいきません。だからこそ,研究する価値があるんです」。じつは,日本はチリに次ぐ世界第2位のヨウ素産出国。パラジウムをはじめとするレアメタル資源は少ないですが,北さんの研究によって,日本は資源国家に生まれ変わるかもしれません。(文・西山哲史)

北 泰行(きた やすゆき)プロフィール:

立命館大学薬学部 教授。1972年大阪大学大学院薬学研究科修了。薬学博士。その後大阪大学での研究を続け,2008年より現職。

http://www.ritsumei.ac.jp/pharmacy/kita/index.htm