世界中が注目する酸素の運び屋「銅」|小寺 政人
同志社大学 理工学部 機能分子・生命化学科 教授
息を吸い込んで,吐く。このくり返しによって,私たちは酸素を血液中に取り込み,からだ中をめぐらせて二酸化炭素と交換し,生命活動を維持しています。ほとんどの生物が持つ,この酸素を効率よく運搬するシステムには,金属イオンが活躍していました。
タコとクモに共通するもの
私たち脊椎動物が持つ酸素運搬タンパク質は「ヘモグロビン」と呼ばれ,血液の赤色の元になっています。イカやタコなどの軟体動物や,ザリガニやクモなどの節足動物は,ヘモグロビンの代わりに「ヘモシアニン」を持っています。ヘモシアニンは数百万の分子量を持つ巨大タンパク質で,酸素運搬のカギを握るのは活性中心にある2つの銅イオン。銅イオンは,一価と二価の2つの状態になることができます。酸素が結合していないときは,一価の銅イオンとして働き,酸素分子が来ると二価の銅イオンに変わることで酸素に電子を渡し,挟み込むようにキャッチするのです。血流によってからだの隅々まで移動したヘモシアニン内の銅は,一価イオンへ戻り,酸素を手放します。価数を自由に変えられる銅イオンだからこそ,実現可能となる酸素運搬システムなのです。
絶妙の距離をつくる
生き物の複雑な現象を理解するためには,小さく扱いやすいモデルをつくる必要があります。1980年代から,多くの研究者がこのヘモシアニンの酸素運搬システムをモデル化しようと試みてきました。同志社大学の小寺政人さんも,そのひとり。可逆的に酸素とくっつくためには,2つの銅イオン間の距離がポイントになります。そこで,2つの銅イオンを最適な距離に保つことができる,分子モデルを考え続けました。そんなある日,なにげなく目にした研究紹介ポスターに描かれた,「ピリジン」の化合物を見てピンとひらめいたのです。「ここをこうして,これをつなげれば……」頭の中に浮かび上がった構造をもとに,さっそく合成に取りかかりました。そうしてでき上がったのが,「二核銅錯体」と呼ばれる分子です。実際に,酸素の脱着度合いを測定したところ,その能力はヘモシアニンの100倍。この性質を利用すれば,酸素供給システムや酸素濃度センサーをつくることができるといいます。
「生命現象は,化学反応の集まり。すべて化学的に説明がつくのです」。そう話す小寺さんは,これからも挑戦を続けます。生き物の数だけ,そして生命現象の数だけその可能性は広がっているでしょう。
小寺 政人(こでら まさひと)プロフィール:
同志社大学理工学部 機能分子・生命化学科 教授。1987年,京都大学大学院工学研究科修了。工学博士。ケンブリッジ大学,九州大学を経て,1993年より現職。