まわる、生みだす、超伝導の魔術師「ルテニウム」|前野 悦輝
京都大学大学院 理学研究科 教授
時速500 km以上のスピードを出す磁気浮上式リニアモーターカー。その速度を可能にしているのは,「超伝導」と呼ばれる,物質の電気抵抗がゼロになる現象です。1911年に初めて観測されてから100年経った今,超伝導の研究は新たなステージに突入しています。
電気抵抗のない世界
原子は原子核と電子からなり,原子番号と同じ数だけの電子が,原子核の周りの軌道上を公転しています。電子自身は,発生する磁場が上向きか下向きという2通りの磁石の性質を持っています。その性質を太陽の周りを回る地球の自転にたとえ,右回りか左回りの2 通りの自転運動,「スピン」と呼んでいます。物質の中には,一部の電子が全体に広がって電気を流すものも数多くあり,これが金属です。特定の金属物質を冷やしていくと,電気抵抗が突然ゼロになることが1911年に発見されました。これを超伝導現象と呼び,エネルギーの損失なしに電流を流し続けることができるので,現在さまざまな分野で活躍しています。じつはこのとき,電気を運ぶ電子は対になっているのです。そして互いに逆向きの自転をする電子どうしが対になるので,電子磁石は打ち消し合っています。
スピンしながら情報を運ぶ
超伝導の性質を持つ物質は1000 種類以上知られています。京都大学の前野悦輝さんらが注目しているのは,ルテニウムの電子が超伝導の主役となる「Sr₂RuO₄」。これまでの超伝導体とは違い,同方向に自転する電子が対をつくるので,電子対は磁石の性質を保ちます。このため超伝導の流れは電気だけでなく「スピン」という情報も新たに運ぶことができます。さらに電子対がお互いを回転軸の中心として,右回りまたは左回りで回転しています。新型超伝導体のこれらの性質は,次世代計算機である量子コンピュータの原理として利用できると期待されています。
おもしろさこそ研究の原点
「おもしろい現象をつくったり,検証したりする。そこがやっぱり研究の原点です」と,前野さん。自らがその超伝導を発見したSr₂RuO₄だけでなく,これと従来の超伝導体を組み合わせた新物質の研究も始めています。性質の異なる2 つの超伝導体を組み合わせることで,驚くような現象が生じるのではないか──。歴史に残るような大発見は,科学者の純粋な探究心から生まれるのです。(文・井上大輔)
前野 悦輝(まえの よしてる)プロフィール:
京都大学大学院理学研究科 教授。1984年,米国カリフォルニア大学サンディエゴ校 物理学科博士課程修了。Ph. D。スイス連邦IBMチューリッヒ研究所客員研究員を経て,2006年より現職。