コンパスの針が、水の惑星の成り立ちを示す|家森 俊彦
京都大学大学院 理学研究科 地磁気世界資料解析センター 教授
ゆらゆらと動きながら,北を指し示すコンパス。いつも決まった方角を向くのは,地球が北をS極,南をN極とする巨大な磁石となっているから。この磁石がつくる磁場をくわしく調べることで,地球規模の変動を知ることができるのです。
振動は上空100 kmまで伝わる
2004年のスマトラ沖大地震の直後,京都大学の家森俊彦さんは震源から1000 km以上も離れた場所にある磁力計が,波打つような周期的な磁場の変化を記録したのを見つけました。「地球を取り巻く磁場の強さの0.01%しかありませんが,今まで見たことがない変化でした」。地震によって大気が揺れ,約100 km上空の電離層にある空気の分子を振動させます。この分子は電荷を持ったプラズマ状態で,地球の磁場の中で振動すると電流が生まれます。導線をつないで電流を流すとコンパスの針が動くように,電離層で生じた電流が,遠く離れた場所の磁場にも影響を与えたと考えられています。じつは,この磁場の変化は東日本大震災の直後にも見られました。磁場の解析によって,海面変化の大きさや場所を知ることができるようになれば,津波の予測につながるかもしれません。
地球に水と生命が存在する理由
磁場は,地球の動きから影響を受けるばかりではありません。太陽からは,数百km/秒の超高速で太陽風というイオン化した粒子が吹き出しています。これが地球の大気に直接ぶつかると,水素など軽い原子は吹き飛ばされますが,磁場がその衝突を防いでくれるのです。これにより,水素と酸素が結合した水が宇宙空間に散ってしまうのを防ぎ,海が存在し続けることになります。海底のプレートが沈み込むとき,地球内部に引きずり込まれた水がマントルの対流を活発にし,その結果,マントルと高温で融けた金属でできた中心核との境界面上で,温度分布が不均一になります。それが核の中の金属の対流を活発にします。磁場の中で金属が動くと電流が生まれ,それがさらに新しい磁場を生みます。このサイクルがくり返され,地球は水の惑星になり,生命の発生と進化につながったという仮説が米国の研究者により提唱されています。普段は意識しないけれど,私たちが生まれるきっかけにも関係する地球の磁場。コンパスの針を眺めたとき,その壮大なストーリーを思い描くと,ちょっとワクワクしませんか。(文・西山哲史)
家森 俊彦(いえもり としひこ)プロフィール:
京都大学大学院 理学研究科 地磁気世界資料解析センター 教授。1980年,京都大学理学研究科単位取得・退学。その後,京都大学理学部助手,助教授を経て,2000年より理学研究科教授。地磁気世界資料解析センター長。理学博士。