世界初の発見で歴史をカエル|加藤 尚志
早稲田大学 教育学部 理学科 生物学専修 加藤 尚志教授
「知らないことを知ろうとする過程が好き。その緊張感がたまらないんだよね」と,うなずきながら加藤尚志さんは言う。企業の研究所で長年製薬に携さわってきた加藤さんを魅了しつづけているのは,未知の領域に挑戦する「発見研究」だ。
造血因子が人生を分化させた
私たちのからだをめぐる血液。その中には,赤血球・白血球・血小板という3 種類の血球がある。じ
つは,これらの血球はすべて,ごく少量しか存在しないたったひとつの「造血幹細胞」が分化することでつくられる。どれに分化をするのか指示を出すのが「造血因子」である。たとえば,赤血球産生因子(EPO)が作用すると,造血幹細胞は赤血球へと分化する。しかし,腎臓病になるとEPO の分泌量は減り,赤血球の生成に影響が出て貧血になることがある。こうした病気を治すために,1990 年にバイオ医薬「エスポー」が発売された。その開発メンバーのひとりが,加藤さんだ。「きっかけは忘れちゃったけど,企業に行きたかったんだよね。でも,既存の製薬会社のように実験施設が整っていてバリバリ研究ができるところには魅力を感じなかった。創薬って,もっとこうわくわくするようなものだと思ってたから」。当初,食品・飲料メーカーのキリンビール株式会社が,異種事業に進出を決めて医薬事業本部を立ち上げると聞いて,チャンスだと思い,入社した。手探り状態からスタートしたが,やがて体内にわずかしかないEPO を世界で初めて遺伝子組換え分子にして精製。世界でトップの売り上げを誇るバイオ医薬品となった。
醍醐味を次世代へ
その後,長年未知の存在であった 血小板に分化させる血小板産生因子(TPO)を見つけ出そうと,10 年以上悪戦苦闘をくり広げた。90 年代に入り,ついに世界で初めて発見。血液学の歴史に名を残した。「僕は,ほんとにいろんなことを経験させてもらった。誰も挑戦したことのない分野で思う存分研究をしたことがとても大きい」と,振り返る。2002 年,加藤さんは研究の場を企業から大学へ移した。理由は,これまで体験してきた発見研究の醍醐味を次世代に伝え,研究に熱い人材を育成したいと考えたから。そのためには,未踏の荒野が必要だった。ヒトやマウスの造血分野の歴史は長く,データベースと成果も多い。しかし,両生類の造血に関してはほとんど手をつけられていなかった。学生たちとスタートを切るには,最適な研究対象。加藤さんは,そこに目をつけた。
学生との二人三脚
最初,医学的なアプローチの経験しかなかった加藤さんは,カエルのどの部分から採血するかもわからなかったという。しかし,学生と二人三脚で始めた研究は,次第に実を結んできた。最近,カエルとヒトのEPO を構成するアミノ酸配列は7 割も違うが,カエルのEPO をヒトの造血幹細胞に与えると,赤血球に分化することを発見した。なぜ配列が異なるのに,働きは一緒になるのか。コンピュータ上で両者のタンパク質の立体構造を重ね合わせた結果,まったく同じ構造を持つ部分がいくつか見つかった。つまり,構造が種を超えて保存されており,造血幹細胞を分化させるキーとなるのだ。現在,学生が学術論文を執筆中。掲載されることが決まれば,血液学にまた新たな歴史を刻むだろう。
僕はナビゲーター
「学生がやっている研究は『点』。僕はその点と点を結んであげることが,自分の役割だと思って
いる」。学生の頃はとても視野が狭い。だから,研究分野に関連する国内の動物学会や血液学会だけでなく,国際学会などにも出て,発表や他の研究者との交流を積極的にさせている。挑戦と失敗のくり返しになるかもしれないが,考え続けることはとても大切。そうすれば,やがて自分がやっている研究の意義に気づくはず。知らないことを知りたい,その緊張感を味わいたいと思う人には,ぜひこの世界に飛び込んでほしい。(文・住吉 美奈子)
加藤 尚志(かとう たかし)プロフィール:
1982 年,早稲田大学大学院理工学研究科修了後,キリンビール株式会社に入社。医薬探索研究所 研究推進部長などを経て,2002 年より現職。大学院先進理工学研究科生命理工学専攻の研究指導を兼任。博士(理学)。
http://www.f.waseda.jp/tkato/index.html