宇宙を「物」語る「理」を追って 浅井 祥仁

宇宙を「物」語る「理」を追って 浅井 祥仁

スイスのジュネーブ郊外に,全長27 km のトンネルがぐるりと円を描いたような施設があります。映画『天使と悪魔』にも登場した,世界最大の衝突型円形加速器「LHC(LargeHadron Collider)」です。中を走るのは,電車でもロケットでもなく,原子核にある陽子です。

世界で一番大きな顕微鏡

「微生物の観察には光学顕微鏡を使います。原子レベルのものを見るには高さ2 m の電子顕微鏡。それと同じで,もっと小さい世界のできごとを観察するためにはさらに巨大なものが必要。それが加速器なんです」。東京大学の浅井祥仁さんは,LHCに35 か国から集まった1800 名の研究者と製作した「アトラス検出器」を設置し,陽子などを構成する物質の最小単位「素粒子」を測定しています。陽子同士を光速近くまで加速して正面衝突させることで,素粒子などが飛び出します。そこに,宇宙の誕生を知るカギがかくされているのです。

重さが生んだ奇跡

宇宙が誕生した直後の世界では,質量を持たない素粒子が光速で動き回っていたとされています。しかし私たちが生きるこの世界には重さがあります。問題は,素粒子はいつどうやって質量を持ったのか。仮説のひとつに,素粒子に質量を持つ「ヒッグス粒子」がくっつくことで,質量を持つようになったというものがあります。浅井さんらは500 兆回にもおよぶ衝突実験を行い,飛び出したヒッグス粒子が崩壊する現象を観察しました。パソコン27 万台相当のコンピュータで解析した結果,98.9% の確率でそのシグナルを見つけ出したのです。ヒッグス粒子の存在が証明されるのはもうすぐでしょう。

仮説が事実になるとき

今年は1500 兆回の衝突実験で,99.9999% の確率を出し決着をつけますと,意気込む浅井さん。「ヒッグス粒子が見つかれば,新しい時代の幕開けです。質量を生み出す空間があったおかげで,質量を持った素粒子は止まることができた。だからいま多様な宇宙が存在する。ここから新しい物理法則が見つかるかもしれません」。世界最大の研究施設で世界中の研究者と,ときに協力しときに競争することで,宇宙の真理に一歩,また一歩と近づいています。( 文・林 慧太)

協力:浅井 祥仁(あさい しょうじ)東京大学大学院 理学系研究科 物理学専攻 准教授
1995 年,東京大学理学系研究科物理学専攻博士課程修了。理学博士。素粒子物理国際研究センターの助教授などを経て,2007 年より現職。日本での講義の傍かたわら,CERN のLHC アトラス実験グループとしてスイスで実験を行う。

http://www.icepp.s.u-tokyo.ac.jp/asai/

 



霧箱で目に見えないものを見よう!

アウトドア製品のマントルには,トリウムが微量に含まれています。これを霧箱に入れると,トリウムから発せられる放射線が,気化したアルコールを水滴化させ,線として肉眼で見ることができます。じつは飛び交う素粒子の一種である,放射線を目撃してみましょう。
霧箱のつくりかたはこちらのPDFファイルを参照してください。
霧箱の作り方

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http://someone.jp/someoneaward01/

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