柔道整復“学”を拓き、究めるために 塩川 光一郎

柔道整復“学”を拓き、究めるために 塩川 光一郎

帝京大学・帝京平成大学 柔道整復学専攻

古くから伝わる「柔道整復術」を科学的視点から磨き上げ、「柔道整復学」にしようと、2012年4月、帝京大学および帝京平成大学に2つの専攻が生まれた。この専攻の誕生には、未だ学問として確立されていない柔道整復学の10年後、100年後をつくろうという両大学の強い意志が感じられる。

普段の生活から生まれた専門技術
脱臼、ねんざ、打撲、肉離れといった運動器疾患の応急処置や治療などを行う柔道整復師の仕事は、もともと柔道をやっている人の副業だった。柔道をやっている最中に起きたけがを自分たちで治しているうちに、おのずと治療の上手な人が評判になり、道場の外からもけが人が運び込まれるようになった。現在は、学校で学んで国家試験に合格すれば、柔道の経験がなくても柔道整復師になれる。2004年には柔道整復学を学べる4年制大学も誕生した。今後、より多くの柔道整復師が輩出されるようになるだろう。しかし、柔道整復術は、身近な暮らしのなかで生まれ親しまれてきた専門技術である一方で、「学問」としては確立されてこなかった。「学問的に研究し、科学的な検証を行うことにより広く治療に活用できるように役立てていく必要があるのです」と帝京大学の塩川光一郎さんは言う。

「学問」に必要なこと
帝京大学では、「地域に根ざした医療」をコンセプトに、宇都宮キャンパスに医療技術学部柔道整復学科を2008年に設置。2012年にはその大学院組織として柔道整復学専攻を新設した。課程を修了すると、修士(柔道整復学)を取得できる。一方、帝京平成大学は以前から大学院の健康科学専攻リハビリテーションコースの中に柔道整復を含んでいたが、改組を行い、リハビリテーションコースから4つの専攻を独立させた。そのなかの1つが柔道整復学専攻だ。両専攻とも、初年度である今年から、修士号取得を目指して研究活動が始まる。柔道整復学は「学問」として、どのような研究をすることが望ましいのだろうか。柔道整復師が患者と向き合ったときに相手にするのは、傷を負った組織であり、骨、筋肉、腱、細胞なのだ。それらに対してどのような処置をするとどんなメカニズムでどんな経過で治癒するのかを理論的に解明していく。そのような作業が大学院での研究になる。人間の体全体をみる仕事だが、生物学や医学、理学や薬学などさまざまな分野の科学的な視点が加わることが、柔道整復学の起爆剤になる、と塩川先生は期待を膨らませる。

「術」から「学」へ、未来に向かう流れをつくる
柔道整復「術」は、「学」への昇華へ向けて踏み出した。学問として確立途上にある現在、教える立場にいる教員自身が柔道整復学を大学院で学んだことがないというジレンマを抱えている。しかし、帝京平成大学の山本通子さんは「今の大学院生が、10年後、柔道整復を学問として教える立場の人になる。焦ることはないと思っています」と話す。「育った学生が次の世代を教えることにより、学問はどんどん本質に近づいていく」と塩川さん。今の学生が、柔道整復学の10年後、いや、もっと先を担うのだ。学問を究めるのではなく、拓くために学ぶ。それはきっと、いま柔道整復学を志す人にだけ与えられた特権なのである。

(文 磯貝里子)
帝京大学 大学院
医療技術学研究科 柔道整復学専攻
専攻主任教授 塩川 光一郎(しおかわこういちろう)さん
帝京平成大学 大学院
健康科学研究科 柔道整復学専攻
専攻長 山本通子(やまもとみちこ)さん