網羅的解析で解き明かす 生命の神秘 関由行
遺伝子発現や機能解析を手がける際、一度は検討するであろうマイクロアレイ。得られる情報量が多い一方で、新たなシステムの導入やデータ解析に対するハー ドルが高いと思われる研究者も多いのではないだろうか。その概念を変えるべく「マイクロアレイを身近なソリューションに!」をコンセプトに新たなシステム が広がりはじめている。
リプログラミング機構解明への挑戦
関西学院大学の関由行氏が現在解析を進めているPRDM14は、もともと始原生殖細胞と体細胞などを比較することから同定した因子であり、ES細胞 に導入することで脱メチル化が促進されると考えられる。すでに、欠損させるとリプログラミングの異常から精子・卵子が形成されず不妊となってしまうことな どが報告されている1)。通常CG連続配列の60.80%程度がメチル化を受けており、始原生殖細胞が形成さる段階でその割合は8%程度まで減少するとさ れているが2)、詳細はまだ明らかにされておらず、関氏の研究から、リプログラミング機構の一端が解明されるのではと期待が高まる。
PRDM14をES細胞で高発現させると、DNA脱メチル化依存的及び非依存的に転写が誘導される遺伝子群と転写が抑制される遺伝子群の3つの遺伝子群が 観察される。PRDM14のアミノ酸置換変異体や機能ドメインを削ったものをES細胞に導入することで、転写制御に影響がでる遺伝子群と影響のでない遺伝 子群、さらに、誘導された遺伝子を、脱メチル化依存的なものとそうでないものに分けて解析することで、PRDM14の機能を明らかにするとともに、相互作 用するタンパクなども調べ、その詳細に迫っていく。「ドメインを削ると、活性が残るか、なくなるかだと想定していましたが、PRDM14の場合ドメインご とに異なるパスウェイに効いている可能性を示す結果も出てきました。全体像を捉えるためにも、マイクロアレイによる網羅的解析から得られる結果が楽しみです」。
導入障壁を下げることで研究を活性化
今回導入を決めたGeneAtlas® System(Affymetrix社)は、従来製品と比較してフルシステムを導入した際のコストを従来製品の1/4程度に抑えたこと、可能なかぎり操作 を自動化させるとともに、新たに開発されたオリジナルのソフトウェアを併用することで初心者からでもマイクロアレイにチャレンジしやすい環境を創り出すこ とに成功した、まさにパーソナルマイクロアレイと呼べる製品だ。
「実際にデモを受けてみて、ここまで簡単なのかと驚いたのを覚えています。いろんな製品も調査はしていましたが、全く違いますね。多分、卒研生でも使いこ なせるんじゃないでしょうか」と期待を寄せる。解析手法が複雑なほど、担当者による実験誤差が生じる可能性は高く、重要な解析は指導教官自らが手がけるこ ともあるはずだ。誰でも使うことができ、個人間の誤差が少ないことは、学生がメインで解析することの多い大学の研究室において大きな力を発揮する。多くの スタッフが高品質なデータが出せるようになることで、研究はさらに加速していくはずだ。
図1 PRDM14 高発現ES 細胞とDNMTs 欠損ES 細胞の遺伝子発現比較
(a) PRDM14 高発現ES 細胞における遺伝子発現変化をマイクロアレイにより網羅的に解析した。2 倍以上発現変化する遺伝子を紫色のスポットで表している。PRDM14を高発現させることで、1,367個の遺伝子の発現が上昇し、1,312 個の遺伝子の発現が減少した。
(b) PRDM14の高発現で発現が変動する遺伝子の、Dnmts TKO ES 細胞での発現変化をScatter plotで解析した。PRDM14によって発現が上昇する遺伝子は、Dnmts TKO ES細胞でも発現が上昇する傾向が観察されたが(r=0.48279)、PRDM14によって発現が減少する遺伝子は、Dnmts TKO ES 細胞で発現が減少する強い傾向は観察されなかった(r=0.10453)。
生命現象の理解からテクノロジーの発展へ
もともと「生殖細胞ができる」ことと「リプログラミングが起こる」ことは、パラレルな現象だという前提に立って、生殖細胞はできるけれど、受精した 後にリプログラミングが起こらず正常な発生に至らない、そんなモデルマウスを作ることも目指していたという。しかし、研究を進めるほど、2つの現象はパラ レルではなく、関連していることが見えてくる。リプログラミングが機能しない生殖細胞には意味がないため、そのチェック機構を通過できた細胞だけが生殖細 胞になるのかもしれない。
「自然に多能性を獲得する中でのPRDM14の機能を明らかにすることは、iPS細胞など人工的に多能性を獲得させるテクノロジーの発展にもつながりま す。この両者を並行して解析していくことで、これまで見えていなかった何かが見えてくるはずです」。一定の割合で不完全なpre-iPS細胞ができてしま うことや、2011年には由来となる細胞のエピジェネティクスな記憶が残っている旨の報告3)などを受け、樹立効率の上昇や導入遺伝子数の最小化に注目が 集まっていたiPS細胞研究の方向性に変化が見えはじめている。今後得られる成果が、より品質の高い細胞株樹立に向けた動きを後押しすることは間違いない だろう。
網羅的な解析から全体像を捉えようというオミックス解析は、技術と機器の発達により身近なツールとなりはじめた。その結果、遺伝子発現制御の全体像を捉え ようとする多くの研究をさらに加速させていくことになるだろう。関氏が取り組んでいる、リプログラミング現象の解明を含め、今後明らかにされていく生命現 象の全貌に期待が高まる。
1) Yamaji M. et al. (2008). Critical function of Prdm14 forthe establishment of thegerm cell lineage in mice.Nature Genetics, 40; 1016-1022.
2) Popp C, et al. (2010). Genome-wide erasure of DNAm ethylation in mouse primordial germ cells is affected by AID deficiency.Nature. 463; 1101-1105.
3) Lister R. et al. (2011). Hotspots of aberrant epigenomic reprogramming in human induced pluripotent stem cells. Nature 471; 68-73.