応用数学で人口問題を解析するということ 稲葉 寿

応用数学で人口問題を解析するということ 稲葉 寿

少子高齢化が叫ばれて久しい。著者自身も、物心ついた頃からニュースにのぼっていたような気がする。小さな島国における、大きな問題。それが人口問題だと言える。

稲葉 寿先生は、東京大学大学院数理科学研究科の研究者。
人口問題や、感染症といった問題を数理モデルで解析する。「応用人口学」と「伝染病・感染症」の数理解析がメインの仕事だ。 

稲葉先生は、応用数学という分野であり、純粋数学の世界に生きてはいない。
純粋数学の研究者と違うのは、数学を道具として活用し、実在の現象に対応した理論を導き出す事だ。
中高の勉強で習う公式等は、そのままでは活用されない。そこで投げてしまってはもったいないと先生は言う。 

「学生時代に学ぶ事は、サッカーや野球で言えば、基礎トレーニングといえます。せっかくの練習も試合に出なければ面白さはわからない。学校数学という基礎練習の先に、社会現象や自然現象を解明したり、ビジネスに応用したりといういわば「ゲーム」の場が存在しています。」
科学や工学の世界に限らず、人間社会の抱える多くの問題は数理という言語によってはじめて理解できることが多いのだ。 

稲葉先生のキャリアパスが面白い

東京大学大学院数理科学研究科 稲葉 寿 准教授

東京大学大学院数理科学研究科 稲葉 寿 准教授

実は、先生は学部生で京都大学を卒業後、就職している。
今は東京大学の准教授なのだが、一度社会に出ているのです。
現在の国立社会保障・人口問題研究所の前身となる機関で、研究公務員として就職。実際に応用数学が社会問題に対して使えるかどうかという確証はなかったものの、研究生活が始まる。
その後、80年代に偏微分方程式による個体群ダイナミクスの理論や数理人口モデルが急激に発展。これが稲葉先生の心に刺さる。その後オランダのライデン大学に留学して学位を修得する運びとなる。 

ないがしろにされてきた人口問題

著者自身、国内の人口問題については関心を持っている一つの分野なのだが、この人口問題を数学的・統計的に把握するという学問は、おどろくべきことに日本の大学では発展して来なかったのだという。

人口学を体系的に学ぶための組織が存在しない国、日本

本当に意外だった。
人口問題というのは、数理モデルや統計学的に解析され、いくつかのシミュレーションを経て、解決策が練られるものだと思っていた。(全てを否定するつもりは無い。もちろんそういう面はあるだろう)
しかし、現在の日本において、人口学の研究者を養成する機関は存在せず、そしてその分野に於けるキャリアパスもポストも存在していないというのには心底驚いた。先が思いやられるのである。

フランスの出生率の向上は長い研究の歴史がもたらしている

一方で欧米は人口問題への取り組みが活発だ。経済面にしろ、戦争にしろ、人口が大きく影響している事は紛れも無い事実。
そこを重視してきたからだ。
かつてナチスの優生思想により人種差別や侵略戦争が正当化されたドイツでは戦後、人口問題はタブーとされたが、それも90年代に入るとドラスティックに状況が変わる。
出生率が2006年に2に到達したフランスでは19世紀から少子化問題が発生。数理モデルを使った研究は戦前からなされていたという。 

感染症の研究についても同様な事が起きている

昨今、SARSや鳥インフルエンザと言った感染症のニュースを目にする機会は増えた。
しかし、日本には感染症の拡大を数理モデルで解析する為の基盤が整っていないと稲葉先生は言う。

学生時代の稲葉先生について聞いてみました

京都大学に入学した当初は、素粒子物理をやろうと考えていた稲葉先生。その予定は、勉強しているうちに数学への興味へと取って代わる。
時代は、研究一筋ではなく社会に目を向けよという風潮。自然と社会問題に触れていった。世直しに貢献しなくてはという意識が、根底にはあるのだという。 

今の学生について聞いてみました

稲葉先生が学生の頃は、社会問題だ!社会革命だ!と様々に活動をしてみても、どこかでお気楽な部分が学生にはあった。
資本主義をぶっ壊すと言いながら、自らの土台は資本主義にしっかりと支えられていた。活動に明け暮れながらも、ある日髪をさっぱり切って就職していく。そんな時代だったのだ。
一方、現代の学生は若い頃からはるかに厳しい状況を体感していると思うし、競争社会を初めから受け入れている。
世界を意識しているし、優秀な人が多くなっていると思っていますという事でした。 

「そういう優秀な人が、しっかりとポジションを得て、家族を持って人口問題に貢献してもらわないとね!」

こんな言葉で締めくくって頂いたインタビューになりました。 

稲葉先生の本棚を見せて頂きました

東京大学大学院数理科学研究科 稲葉 寿 准教授の本棚2

東京大学大学院数理科学研究科 稲葉 寿 准教授の本棚

人口問題や感染症を取り扱うということもあり生態学といった本が見受けられるのが特徴です。