やりたいことが無いのは普通 森川博之

やりたいことが無いのは普通 森川博之

東京大学先端科学技術研究センターの森川博之教授に話を聞いた。

–学生時代の話を聞かせてください

「国を動かすということに興味があったんですよ」

そう話す森川先生。高校時代は全く理科少年ではなかったと自身を振り返る。学生時代は法学部に入って大蔵省か警察庁に行こうと考えていたという。とは言え、成績のことを考えると、どう考えても数学が得意だった。それで東京大学の理一に入る。入学してみると物理の実験が面白くない…

 東京大学には”進振り”と言われる進学振り分け制度がある。3年の時に進学先を決めることが出来るのだが、この時に「文系進学」も考えたという。

ただ、今まで実験で苦労してきた自分を振り返ると、文系の学生は遊んでるばかりに見えた。「努力を無にして文転する必要はないさ。工学部へ行こう」。こうして進学先が工学部に決まる。

「工学部に決める際に考えたのは消去法」

そう語る森川先生。

宇宙工学で言えば、就職するならNASAしかない。建築はセンスが必要。機械という時代でもないのでは。化学は元々好きではなかった。こう考えると電子情報・電気電子工学科しか残らなかったという。

電子情報・電気電子に進んだ先生は三年生になって、本郷キャンパスへと移る。電子情報・電気電子といえば、当時の最先端のはずだった。しかし授業の内容は伝統的なもので,刺激的とは言えないものだった。授業には殆どでなかった。

そして就職の時期がやってくる。

「やっぱり文系就職しよう!電通に入って東京オリンピックを誘致しようじゃないか!」そう考えて、電通の人に話を聞くと、毎晩飲み会だという。毎晩飲み会はちょっとつらい.

自分にあるのは電子情報・電気電子。それなら電機メーカーに行こうか。SONYは派手で自分が埋もれそうだから、堅実な日立に行って活躍をしたい。そんなことを思っているうちに、指導教官から大学院推薦の話を貰う。貰った機会に報いるのが森川博之である。進学を決めた。 

「博士号を取って、地に足がついた感じがした」

東京大学先端科学技術研究センター森川博之教授

東京大学先端科学技術研究センター森川博之教授

大学院に行ってみるとわかることがある。学部生の時より自分の未来が狭まるのだ。専門性が付く分、未来が絞られてしまったと感じた。しかしそこでスイッチが入る。

「どうせやるなら博士まで集中してやってみるか。」

今まで流されてきた自分だったが、大学院の五年間は本当にとことん研究をやった。学部生時代は授業に出なくても、試験の成績は良かった。ただ、自分で何かを成し遂げたという感覚はなかった。

どこまで出来るのか。限界までやることによって、下手に背伸びをすることも無くなった。初めてここで地に足がついた感じがしたという。 

–猛烈にやると言っても、息抜き等はしなかったのですか?

森川先生に話を聞いていて面白かったのはここだ。

集中する時期と言っても、息抜きは必要だ。ただ一方で自分は遊ぶことで心を解放したわけではなかった。論文という自分の作品を提出した瞬間。ここに感動があったのだという。

「昔は今と違って、電子メールではなく、自分で論文を印刷して学会に持っていく訳です。数ヶ月徹夜が続いて、締め切り間際にやっと持ち込む。論文等は言わば自分が作ってきた作品です。これを提出した帰り道。数日寝ていなくてどう考えても眠いのに、本屋に寄って欲しい本を買い漁るんです。この爽快感ったらない!」

自分の論文という作品を作り上げる。そこには当然苦しみもあるのだが、その苦しいものを、解放する方法がそこにあった。この快感が自分を進めてきたのだと森川先生は話す。

「やりたいことをやってきた訳じゃない。そこで与えられたものをまじめにこなす。そこから未来が拓けることだってあるはずですよ。」

とことんやるという才能の先に生まれてくる幸せや快感。そういうものを若いうちに体験する機会があるといいですよねという言葉は、重要なキーワードだと感じている。森川先生自身、誰にでも合った方法だとは思わないけどと言っていたが、そういうアプローチが向いている人もいるはずだ。

やりたいことがなければ、流れに身を任せて与えられたことに打ち込んでみたら良い。そんな中でも一度くらいは没頭してみるのも良いんじゃないか?と話す森川先生からのメッセージはこちら。

< 後編>2つのICTが社会を変えてゆく 森川博之 へ続く

[Hidepost]

森川博之教授のラボの様子。物凄くかっこいい

森川博之教授のラボの様子。物凄くかっこいい

森川博之先生の過去を振り返ってのお話はいかがでしたでしょうか。今でもやりたいことなんて無いよと言う森川先生でしたが、その言葉の裏には、その時々でしっかりと自分で選択を行うという姿勢が見えています。

与えられた選択肢が多ければ、消去法で自分に合ったものを選択する。その際には、今までの自分をしっかりと振り返り、何が向いているのかを考えて進むというリーズナブルだけれども忘れがちな生存戦略があります。

時に、博士課程から助手になる際には、今までの研究テーマとは違った分野をやりなさいというお達しが出るわけですが、選択肢が無い中での森川先生のスタンスは、それを真面目にやってみるというスタイルなのです。

選択すべきものはするが、与えられたものには真摯に打ち込んでみる。そういう生き方も有りなんだと思います。

後編では、そんな先生が取り組んでいる研究の話をします。ご期待ください。

[/Hidepost]