π型人間を目指せ 西成 活裕
東京大学先端科学技術研究センター
工学系研究科航空宇宙工学専攻(兼任)
教授
サイエンスに興味を持ったきっかけは「宇宙戦艦ヤマトですよ」。
西成先生は、自分の研究を「渋滞学」という愛称で呼んでいる研究者だ。
「ありとあらゆる分野の博士号を取ってやろうと思っていた」
そう話す西成先生。子どもの頃は、父親が理系で電子工作好きだったこともあり、家にはダイオード・トランジスタなどが転がっていたという。
サイエンスへの興味は段々と宇宙の神秘へと向かい、東京大学の航空宇宙工学科へと進学する。
宇宙の果てはどうなっているのか。それが勉強のモチベーションだった。
勉強の旅が続く、その結末は
天文学を学びたい。しかし、宇宙を見るだけじゃなく、実際に行ってみたい。
航空宇宙工学を勉強していると、自然と物理学が必要になるので物理学を勉強する。
物理を勉強していると、結局数学が必要になるので、数学の授業に潜り込む。
先生が「宇宙は経済的にPayしないだろう」といえば、それが一体どういうことなのかを経済学を勉強することで理解する。
閉鎖空間で生物は生きていけるのかという問題が話題になったときは生物学を勉強する。
「学部生レベルの勉強であればひと通りやった」
という西成先生は自分を好奇心の塊と言う。
とにかく知りたい。なんでだろう。
こう考える自分というものは、小学生の頃から変わっていない。
10年ほど前に自分の小学生時代のアルバムを開いた時、そこには将来の夢が記されていた。
「将来の夢は研究所を作ること。言語学の研究所を作り、世界中のすべての言葉を喋りたい」。
西成少年の大志は、分野は違えど今、東京大学で花開いている。
体を壊すほどの悩みの壁にぶち当たる博士号2年生時代
この時代に先生にとっての転機が訪れる。当時の指導教官に「君は頭は良いのだが絶対に成功はしない」と言われたそうだ。指導教官は続ける。「富士山を登ろうとする時に、君は麓を回り続けているだけだ。それも何週も何週もしている。どこかで頂上へアプローチをする道筋を決めて登り始めないと何も成すことは出来ない」。
全分野で博士号を取るという夢は破綻した。
結果的に選んだ道は数理物理学
この分野を選んだ理由を聞いてみると、シンプルな答えが返って来た。
この分野を極めれば、どんな分野の論文も読めるようになるはずだから。
沢山の分野を勉強してきた西成先生が出した結論はここだ。
数学に対するコンプレックスがなくなれば、どんなことでも頭に入ってくる。
しかし、ここでまた壁にぶち当たる。
テーマを与えられるのが嫌だったという西成先生は、自分で研究テーマを生み出すのだが、博士後の取得に必要な論文は一報も出したことがなかったのだ。
顔面麻痺になるほど身体を壊したという。
一点突破!自分との戦い
今まで広い分野の勉強をし、色んな論文を読んできたが、それでは新しいものを発想できないという事に気づいた西成先生。
「2週間、誰にも会わず、論文を読むのをやめ、それこそ風呂も入らずに閉じこもり、ある一つの方程式を解く」という山籠りにも似た時間を過ごした事から突破口を見つける。
「あれは幸運だったと思う」
そういう先生は、一人で見つけ出した解法を先生に見せると「これは新しい!」という事になり、論文が一報出たのだ。
一度突破口を拓くとコツがわかる。卒業までに5報もの論文が世に出ていった。「勉強しないがゆえのメリットを享受した」と表現していたが、この修業とも言える時間に突破口を見出し無事に帰還すると、顔面麻痺も治っていたのだそう。
命をかけて取り組んだ
「ここは多分参考になりませんよ」と、前置きして話していただいたのだが、とにもかくにも命をかけていたんだという話。
「これでダメだったら死んでもいいと思っていた」と博士課程時代を振り返る西成先生。ここで挫折したら俺の人生はこれまでだという勢いで「死ぬのか・論文を書くのか」を自分に問い続けたという。自分自身、なぜこんなに燃えたのかわからないというが、このパワーが自らのアイデンティティを確立したのは間違いない。
π型人間を目指せと先生は言う
学生時代、自分の専門領域を決めるのが嫌だった西成先生。博士号取得時は、指導教官の教えの元、自分の道を決める事になる。「自分を限定化・矮小化していくのをみて本当に嫌だった一方で、専門性が深まっていく喜びというものもあるということを感じた」という。
世界最先端を走り続ける為の工夫はゼミにあり
西成先生の研究室のゼミは独創的だ。いろんな分野の人を読んできては話をしてもらうのだという。
「昨日はITベンチャーの社長に、起業するとは何かを話してもらったし、その前は看護師にお願いして老人介護について、お坊さんに死ぬとは何かについて話してもらったこともある」というゼミ。
その中から「例えば病院で老人に床ずれが出来るでしょう?それを数学で解くにはどうしたらいいか?」という話を学生と一緒にするのだ。
そこから新しい研究がうまれ、新しい理論が創出されていく。
「学生にはね、最初T型人間を目指しなさいと話すんです」
世界を横に広げていきながら、専門性を深めていく。これが大事であると。
「その次に言うのが”π型人間”です。専門性が2つあると、それは独創性に変わるんです」。
修士一年で国際ジャーナルへの論文掲載数が多いためにある日「Dear Professor」と、論文の査読が飛んでくるような学生が育っている西成先生の研究については、後半「渋滞で悩んでいませんか?」へ続く。
西成先生からのメッセージ
後半で取り上げる、研究において今注目している分野は?への答えです。後編をお楽しみに。