世界の人々が「知っている」領域を広げたい 枝川圭一

世界の人々が「知っている」領域を広げたい 枝川圭一

私たちの住んでいる世界のすべての事象は「知っている|知らない」に分けることができます。自分が科学を学び,研究をすると,世界の人々が「知っている」の領域が広がります。なんだかわくわくしませんか?

東京大学生産技術研究所教授 枝川 圭一

東京大学生産技術研究所 枝川 圭一教授

固体とは?

「固体」とはなんですか?この質問を投げかけられたとき,あなたは答えられるでしょうか。
ガラス,氷,鉄…。手で触ることができて水や油のように液体じゃないもの?身の回りにありふれていますが,「固体とは何か」,説明するのはけっこう難しいと思います。
固体とは科学的に言うと「物質を構成する原子同士が強く結合して集まっている状態」を指します。
2011年,この「固体」について調べたイスラエルの研究者シェヒトマンにノーベル化学賞が与えられました。

第3の固体「準結晶」の発見

固体とは原子が密に集まっていますが,その並び方により2種類に分けられると考えられていました。
原子が規則的に並んだ「結晶」と,やや不規則にならんだ「アモルファス」です。氷や身近な金属は結晶に,ガラスはアモルファスに含まれます。
ところが1984年,シェヒトマンによって固体には「準結晶」というものが存在することが示されました。
これは結晶のように分子が規則的に並んでいるのですが,結晶とは決定的に異なる点がありました。

結晶が持つ特徴として,回折という方法で構造を調べると「回転対称性」を持つ像が得られる,というものがあります。
回転対称性とは,図形をある角度で回転させると元の図形にぴったり重なるという性質のことです。
1/2回転 (180度)させたとき重なる図形は2回対称性を持つ,1/3回転 (120度)させたとき重なる図形は3回対称性を持つといいます。
正三角形は3回対称性を持ち,「卍」は4回対称性を持っていると言えます。
ここで,結晶は原子の並び順の規則性から,1回・2回・3回・4回・6回のいずれかの回転対称性を持つ像が出てくることが決まっており,それ以外の回転対称性はありえないとされていました。
ところがシェヒトマンは5回対称性を持つ像が現れる物質を発見したのです。

これは世界中の科学者を驚かせました。

「常識」を覆す,それが最大のモチベーション

当時学生だった私は,この新しい固体の研究を始めました。
準結晶という全く新しい物質概念のため,調べると次々と発見が出てきます。
世界中の誰も知らない未知のことを自分が見つけることは何事にも変えがたい喜びです。
科学の世界ではこれまで「常識」と思われていたことがあるとき覆ることがあります。
その場に自分が立ち会えたとき,科学を学んできてよかったと感じます。
高校生のみなさんには,是非とも「知っている|知らない」の境界線を押し込み,「知っている」の領域を広げる瞬間の楽しさを感じるため,科学者になってほしいと思います。

東京大学生産技術研究所教授

枝川 圭一