サイエンスを勉強すると、社会が見える 冲永佳史

サイエンスを勉強すると、社会が見える 冲永佳史

大好きなエンジンの話をするときはやわらかい笑顔。大学のヴィジョンを語るときは、未来を見据えた厳しい表情。

5キャンパス9学部を有する帝京大学の大黒柱を37歳の若さで務める冲永学長は、これまでどのような道をたどってきて、そして今何を目指しているのだろうか。 

ラジコンエンジンから理系の道へ

冲永 佳史―理工系の出身だそうですが、理工系に進んだきっかけを教えてください。

もともと車のエンジンをいじるのが好きだったんです。
中学・高校時代は、ラジコンのエンジンの出力を上げるとか、そういうことにかなり凝っていました。
エンジンって、燃料を与えて回すだけで自発的に動き出しますよね。
それを最初に見たとき、素直に感動しました。
そういう趣味が高じて理工系に進んだんです。
大学までストレートで進めるので、自由な時間を使って趣味にかなり没頭しましたし、エンジンに関連する機械力学とか微積分、熱力学なんかを独学で勉強しました。
高校時代に大学の図書館が近くにありまして、そういうところに行って調べたりして。

―それで、大学院まで進学したんですね。修士ではどんな研究をしていたのですか。

流体工学の中でも、「乱流工学」という分野です。
空気っていうのは一見きれいに流れているようで、実際にはいろんな大きさの渦が生じているんですよ。
大学の教養課程で習うような流体力学っていうのは、流れを非常にきれいにモデル化してあるものなので、基礎方程式をその条件下で解けば解をきれいに出せる、その運動を解析的に解くことができるんです。
その点、乱流はいろんなスケールの運動があるので、細かく分解してから各部位の運動について基礎方程式を数値的に解いていくしかない。

たとえば飛行機の翼やレーシングカーのウイングがありますよね。その周りを流れる空気は、本当はスムーズに流さないといけないんですけど、

実際には翼面やウイングの面から剥がれて渦を巻いてしまうんです。剥離っていうんですけどね。
それを解析するのは難しいんですよ。そこで、その渦や剥離の大きさ、渦の運動っていうものをうまくとらえられるモデル化について研究していました。

―エンジンへの興味が、どのようにして流体工学へ移ったのですか?

エンジンの中の機構で、やはり最後に残されたテーマというか、これは難しいなって思ったテーマが流体を扱うことだったんです。
多様な流れ場に適用できるモデルっていうのはなかなか設計できないものですから、どういう流れ場にどんな基礎方程式を当てはめていったらいいか、常に考えながら計算はしなきゃいけない。
かといって、それで問題が解決するわけじゃなくて、どうしても実際の現象と離れてしまう結果が出てくる場合もあるわけですよね。
ですから、流体の運動を計算して求めていくっていうのはいまだに難しい作業で、チャレンジなんです。

研究は、社会に出てからも活きる

―エンジンへの興味で理工系に進んで、その後エンジニアとして働くこともできたのではないでしょうか。

自動車のエンジニアとして企業で働きたいという気持ちはありました。
事情があって今の仕事をしているのですが、自分で選んだので。
大学の経営は、昔の感覚とは異なります。
一種の企業ですね。
もう、集めたお金で内なる学問の探求をひたすら行うという時代ではありません。
人材も含めて、大学にあるリソースをどう有効活用していくか。
それを組み合わせて何か新しい事業をやって、また経済活動を活性化していくということを常に考えます。
もちろん社会のニーズも考えなきゃいけないし。
余力があれば、どういう社会にしていこうという提言も発信する。まさに企業ですね。

―今の仕事にこれまでの研究が活きていることはありますか。

そうですね。
流体を扱う研究は、組織を動かすとか社会を観察するという意味において、非常に示唆に富んだ内容を含んでいるんですよ。
流体の中にはさまざまなスケールの運動が存在していますが、これは周りの系によっても変わりますし、ある運動が周りに影響を及ぼす場合もあります。
そして、その形態もいろんなかたちを形成するわけですよ。
ですから、流体は組織あるいはマネジメントシステムのあり方とすごく似ているんですね。
流体の運動の制御と組織の制御とはもちろん細かい部分では違いますが、内包しているダイナミズムは共通したものがあり、それをわきまえていれば現象を理解しやすいのです。

―これからサイエンスや技術を学ぶうえで、大切なことは何でしょうか。

ユーザー側の立場に立って新しい技術をとらえていくっていうのはすごく重要なポイントだと思いますね。
過去、日本が高度成長する際にやはり公害問題ってすごく叫ばれていたじゃないですか。
技術的にはそういう問題が起こるということは何となくわかっていたけれど、とにかく国をよくしようっていうまっすぐな気持ちで、あまり周りを見ずに突進した。その技術がもたらす副作用を観おこた察しながら進めていくことを怠っていたという歴史がありますよね。

サイエンスについても、それぞれの要素に関してはある程度研究が積み重ねられてわかっていることがありますよね。
それをいろいろ組み合わせて新しいものをつくっていくときに、それは人にとって本当に活用できるものなのか、あるいは害をもたらすものなのかっていうのはちゃんとやっぱり検証しながら進めていく必要があると思うんです。
そういう視点を持つためには、その技術を扱う人間そのものがきちっと意識しないといけないし、教育というプロセスを通じてそういう意識を醸成していきたいですね。
自分の興味や探究心を大切にすると同時に、ユーザーオリエンテッドな視点が重要です。

地域からの情報発信基地へ

―ところで、宇都宮キャンパスには理工系のさまざまな分野の学科がありますが、将来のヴィジョンについてはどう考えていますか。

都会とはちょっと違った形態で、地域に根ざしたキャンパスという位置付けになると思います。
周りにはメーカーの研究所などが多くありますので、それらとの連携も考えています。
今のはいわゆる理工系分野に限った話ですけれど、今後それ以外にも地域の医療・教育・経済などについて、学術的な面から支える情報発信基地としてとらえていきたいなあと思っているんです。
ですので、医療技術学部の柔道整復学科をつくりましたし、今後もしかしたら人文社会学系の学部ができることになるかもしれません。

―どんな人がここに来たら活躍できるでしょうか。

宇都宮キャンパスを、地域の経済を活性化するためにどうしたらいいのかを、若者たちが考えていけるような場にしていきたいんです。
若者を中心に、社会にいる幅広い年齢のおとなも巻き込んで、実際の社会の中で自らからだを動かして学び、情報を発信するようなフィールドになればいいなあ、と思っています。
ですから、対象は何でもいいけれど、何かやってみたいという意欲を持っている学生を歓迎します。実際に手を動かして自分でやってみて、技術なり考え方を獲得していくっていうプロセスがあってもいいと思っているんです。
理工系の学部あるいは柔道整復にしても、やはり実際に手を動かしていく、あるいは人文社会学系でも地域の経済を活性化するのであれば、実際フィールドに入り込んでみないと、どういう点が問題なのかっていうことは発見することはできませんし。
それが発見できたら、いわゆる学問的な知識を問題解決のためのツールとして使って、実際に行動を起こしてみるっていうことにつながればいいと思うんですよね。何かやってからだを動かしてみたい学生であれば、ぜひ来てもらいたいですね。

―では、宇都宮キャンパスの先生方とどんなことを一緒にやっていきたいですか。

一緒にキャンパスを盛り上げていきたいですね。
今大学に入ってくる学生は昔と比べて気質が変わっているかもしれませんが、彼らを励まし、サポートする姿勢を持ち続けていただきたいです。
先生方の魅力のひとつである好奇心を大いに発揮していただいて、学生がそれに少しでも応えてくれれば、後は先生がもともと持っているパッションでついてきてくれるんじゃないかと思います。
それと、周りの先生方と横断的に自分の得意分野を組み合わせて社会に還元できるような成果を出せるといいですね。

【記者のコメント】

強い目線と穏やかな笑顔が印象的な冲永学長。新しい風を吹き込み、教員も学生も、地域の人々さえも巻き込んで帝京大学を変えようとするパワーにあふれていました。

冲永佳史 おきながよしひと

慶應義塾大学中等部・同高等学校、慶應義塾大学理工学部を経て、同大学大学院理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。
1993年4月学校法人冲永学園理事長に就任。
1998年3月学校法人帝京平成大学副理事に就任。
2002年1月学校法人帝京大学理事長に就任。
2002年10月から帝京大学学長を兼任する。