50 年後の未来をつくる 森 一俊

50 年後の未来をつくる 森 一俊

私たちの生活になくてはならない自動車。
近年は低燃費で環境に優しい自動車の開発のため、世界がしのぎを削っている。
森先生も長年、企業で効率のよいエンジンの開発に携わってきた。
2010年からは帝京大学で、より人々の生活を見つめる研究に着手する。 

新米大学教員の意気込み 

ガソリンやディーゼルエンジンの排気を、 キレイにして排出する目的で使用される セラミック製の触媒担体。 森先生も開発に携わった。

ガソリンやディーゼルエンジンの排気を、 キレイにして排出する目的で使用される セラミック製の触媒担体。 森先生も開発に携わった。

「先生は話しやすそう」
新しいことをやるっておもしろそうじゃないですか」。
2009年の12月、次年度から新設される研究室に集まってきた学生との懇親会で、なぜこの研究室を選んだのかを聞いてみた。
返ってきた答えに、うれしさと同時に頼もしさを感じたという。
先生は自動車会社でのエンジンの設計・研究業務に 約30年間携わってきた。
その経験を活かして帝京大学での研究を開始する。

自動車を動かすためのエンジンの主流は、空気と燃料を混ぜてシリンダー内に入れ、点火して燃やすガソリンエンジンと、空気を圧縮し高温にしたシリンダー内に燃料を噴射して燃やすディーゼルエンジンの2種類だ。
現在、燃焼効率が最も高いディーゼルエンジンに着目し、燃料の違いによる燃焼効率の違いやより効 率のよい燃やし方について研究する。
いずれはバイオサイエンス学科の先生と組んで、バイオディーゼル燃料で宇都宮駅から帝京大学までのバスを走らせるための研究もしたいと話す。
また、ハイブリッド車や電気自動車など近年台頭してきた自動車のエネルギー効率の検討も行う。
「自動車が好きで長年開発に携わってきた。今度は未来の自動車を学生さんと一緒に考えていきたい」。
今から始まる研究室での活動に思いを馳せる。

ライフスタイルを科学する

また、帝京大学で新しい課題として取り組もうと考えているのが「ライフサイクルアセスメント(LCA)」の研究。
人が生活したり製品をつくったりする際に排出される二酸化炭素(CO2)の量を解析し、より排出量の少ないライフスタイルや製品づくりを提案する。
森先生の研究でユニークなのは、個人にフォーカスしていること。
日本人は今、平均してひとり当たり年間10tものCO2を排出している。
さらに、アメリカ人が排出するCO2量はその2倍。
先進国のライフスタイルに近づいている中国やインドも今、CO2排出量が増加してきている。
こういったデータから、どの国が何%のCO2を削減していくべき…といった議論が行われている。
しかし、森先生は国の平均を算出するだけでは不十分だと考えている。
国際協力の現場などでよく使われる言葉に「Thinkglobal、Actlocal」というものがある。
自分の足元、生活や地域を見つめながら、視野は広く世界のことを考えようという意味だ。
森先生の研究は、この言葉を実践している。
同じ日本人でも、地方で一戸建ての家に暮らし、車を頻繁に使う人と、公共機関が発達している都心でマンションに住む人とでは、年間の排出量が違う。
年齢や性別によっても排出量は異なるはずだ。ひとりひとりの生活を見つめ行動を変えることがCO2の削減につながる、と本気で考えている。

「何がよくて何が悪いかということより、何がどこに向いているのか、向いていないのかをみんなで議論して、方向性をつくっていきたい」。
長年自動車開発から環境を考えてきた先生が、今、さらに地に足をつけた生活から環境を考える。 

未来を託す仲間とともに

一緒にいる人が思わず笑ってしまいそうになるほどの笑顔で、人を引き込む森先生。
プライベートでも還暦記念でニューヨークシティマラソンに出場して完走したり、トライアスロンやダイビングに興じたり、学生もたじたじのパワフルさで活動する一方で、オペラや歌舞伎に美 術展を鑑賞、ギターを爪弾き読書に勤しむなど幅広い分野に通じている。
積極的に人生を楽しんでいるように見える森先生だが、昔は仕事の鬼だったという。
休日も仕事に費やす生活を続けるうちに、人と会うことを避ける性格になっていたが、「周りの人のおかげで自分は変わった。人のすごさって他人に影響を与えることなんだということに気付きました」。
今、森先生が放っている明るく元気な力は、過去の経験から生まれたものだった。

「ずっと自動車の開発をしてきて、人類には貢献したけれど、地球環境には負荷を与えたかもしれないという自責の念があった。
2050年、今の学生さんたちが自分と同じ歳になったとき、彼らの世界はどうなっていると思います?
『僕は負荷を与えてしまった。みんなはどうする?』ということを一緒に考えて、議論していきたい。
教育に携われば、自分が定年を迎えるまで50人もの若い人たちに影響を与えられる。
それってすごいことだと思うんです」。

そんな想いで第二の人生に若い人たちと過ごす道を選んだ。

もうすっかり学生と打ち解けている森先生が、学生たちに伝えたいこと。
それは「時代とともに生きている中で多様な価値観を認めあうことが必要になっています。
自分を相手に発信しながらも相手への思いやりを忘れない人になってほしい。
自分がやりたいことを一生懸命に楽しくやれる人を創るのが僕の夢です」。
人類の未来を本気で考えている研究者が、若い仲間たちとともに新しい一歩を踏み出した。 

森 一俊 もり かずとし

森 一俊 もり かずとし

1973 年、東北大学工学部精密工学科卒業。 1975 年、東北大学大学院工学研究科精密 工学専攻修士課程終了。1978 年、同大学 院博士課程を中退し、三菱自動車工業(株) 入社。トラック・バス用ディーゼルエン ジンの研究開発に 31 年間従事し、2009 年 4 月より現職。