火力・原子力・地熱などのタービン発電効率を向上させる「液泡化」技術を世界のスタンダードに 吉田 照彦
吉田 照彦 よしだ てるひこ 工学博士
帝京大学 理工学部 機械・精密システム工学科 教授
帝京大学大学院 理工学研究科 教授
ガソリンに火のついたマッチを近付けたらどうなるだろうか?もちろん、火がついて燃えるだろう。しかし、よく見てみると、その燃え方にはある決まりがあることに気づくかもしれない。
吉田先生は、これまでにない新しい発想で燃えやすさを操ろうとしている。
燃えるために
ものが燃えるためには空気(酸素)が必要だ。
これは、ガソリンのように非常に燃えやすい物質でも例外ではない。
映画などで、車から漏れ出したガソリンにタバコの火が引火して…といったシーンを見ることがある。
あれも、液体ではなく、気化して空気(酸素)と混ざり合ったガソリンに引火することで爆発が起きている。
注意して観察してみると、ガソリンの表面部分、気化したガソリンが燃えていることがわかるはず。
ちなみに、ガソリンに引火する温度は-45°Cからなので、近くで火を扱うときには注意が必要だ。
一方で、灯油の引火する温度は50°C。多少こぼれたところで引火することはなく、そのため家庭用でも使われるようになった。
逆に、空気とうまく混じり合うことさえできれば、さまざまなものが燃えることがわかっている。
その代表例が粉塵爆発だ。
炭鉱で石炭の微粉末によって起こる爆発が、その代表例である。
他にも小麦粉や砂糖といった食品や、アルミニウムや鉄など意外な物質まで、粉末となり空気(酸素)と混じり合うことで燃焼することがある。
燃え方をコントロールする
空気(酸素)と混じり合うとは、接している部分が多くなるということ。
つまり、表面積が大きくなることを指す。
先ほどの例でも、液体のガソリンは表面部分でしか空気(酸素)と触れ合っていないが、気体になることでその表面積は一気に増えている。
つまり、ものは細かくするほど表面積が増え、燃焼効率が劇的に増加するのだ。では、さらに燃焼効率を上げる方法はないだろうか?
吉田先生は、新しい視点で燃焼効率を上げるための研究をしている。
イメージはシャボン玉だ。
細かくなった液滴の中に空気を入れることで、シャボン玉のようにふくらませて液泡をつくる。すると、同じ量の液体からできていても、液滴のときよりも液泡の方が空気(酸素)に触れている面が多くなる。最終的には、中に入れる気体の組成を変えることも考えている。
液滴の中に気体を入れるために特殊なノズルを開発し、すでに数mm~十数mmの間でその大きさをコントロールすることができるまでになった。現在は、滴下した液泡に風を当てるなど、さまざまな条件下で液泡の安定性を調査している。
応用を目指して
この液泡は、どんなところで応用できるのだろうか。
身近な例が、車などのエンジンに備わっているインジェクタやキャリブレータだ。
ガソリンを霧状にして空気と混ぜて送り込む装置だが、液泡化の技術を応用すれば、ガソリンをより細かく、より表面積の大きな液泡として噴射することができ、燃焼効率のよいエンジンができる。
つまり、燃費と環境問題を一気に解消できるかもしれないのだ。
また、より強度の強い金属板をつくる技術としても応用できる。
溶けた金属で液泡をつくり、それを敷き詰めることができれば、規則的に空洞が並んだ金属板ができる。
一般的に、中身が詰まったものよりも適度に空洞がある方が強度が増すことが知られているので、金属を節約しつつ、強度の高い金属板が開発できるかもしれない。
また、発電所などで使われる冷却塔への応用も考えている。
発電所では、火力や原子力、地熱のエネルギーを利用して水蒸気をつくり出し、タービンを回すことで発電している。
効率よくタービンを回すため、役目を終えた水蒸気は冷水にさらされることで冷やされている。
しかし、水蒸気の熱を吸い取るために冷水も少しずつ温まってしまい、このままでは効率が悪くなってしまう。
そこで、発電所にはこれらの水を冷やすための冷却塔と呼ばれる設備が備わっているのだ。
冷却塔の内部では、温まった水滴を上か ら垂らしている。
途中で風を送るなど、外気に触れさせることで水滴を冷やすのだ。
このとき、液泡化の技術を使うことができれば、より効率よく温水を冷やすことができるはずだ。
新たなスタンダードをつくる
このように、さまざまなところで応用が期待される液泡化の技術だが、「新しい概念だから、なかなか理解されないだろう」と苦戦を覚悟している。
世界でも、液泡化の研究をしているのは吉田先生の研究室とアメリカの研究グループの2チームしかいない。
光ファイバーを使った通信技術も、発明当初は「そんな技術は無理だ」と受け入れられなかったという。
しかし、今となってはなくてはならない存在として世間に受け入れられている。
いつか、液泡化の技術が実現して世の中のスタンダードとなり、大きなインパクトを与えることを目指している。
吉田 照彦 よしだ てるひこ
東北大学大学院博士課程修了、工学博士。 アーヘン工科大学・ミシガン大学留学中は 衝撃波が液滴に及ぼす影響について研究 を行う。帰国後、帝京大学理工学部に赴任し現在に至る。帝京大学 理工学部 機械・精密システム工学科 教授、帝京大学大学院 理工学研究科 教授。