チャンスを広げる挑戦 江田剛輝
「子どもでもわかるようなかたちで、人々を驚かせる研究をしたい」、そう語るのはシンガポール国立大学でAssistant Professor を務める江田剛輝さんだ。彼の変化に富んだ経歴には驚かされる。修士からポスドク時代までをアメリカ、イギリスで過ごし、学位取得からわずか2年後、30歳の若さでシンガポール国立大学でラボを持つに至っている。まさに海外で武者修行をしてきた彼は、どのような考えでキャリアを築いてきたのだろうか。
江田 剛輝さん
Assistant Professor シンガポール国立大学
環境を変化させ可能性を貯める
江田さんの研究分野は材料科学だ。繊維状のカーボンナノチューブや、炭素原子を2次元的に並べたグラフェン等、低次元材料と総称される物質の研究に一貫して取り組んできた。ナノスケールで原子の配置や化学構造を制御することにより、物質が発光など新たな特性を獲得する不思議に魅せられ、材料としての実用化を目指して研究に取り組んでいる。国際基督教大学を卒業後、アメリカのウースター工科大学で修士号、ラトガーズ大学で博士号を取得後、イギリスのインペリアル・カレッジでのポスドクを経て、現在に至る。研究内容は大きく変えていないにもかかわらず、様々に所属を渡り歩いてきたのはなぜだろうか。「居心地の良い環境を飛び出し、今までのテーマを中断することはもちろんリスクです。しかし、違う視点で物事を捉える研究者と出会うことは、将来の研究の『可能性を貯める』ことだと思っています」と江田さんは考える。
ネットワークから得た新たな発見
「新しい環境で築き上げるネットワークは何ものにも代えがたい」と言う江田さん。そのネットワークが活かされていることは江田さんの共同研究の多さが物語っている。例えば、アメリカ時代、恩師のつながりで台湾のチームと組んだ研究では、酸化グラフェンの発光原理について調べた。江田さんは、酸化グラフェンが化学構造に依存した特有の赤色や青色の光を発するという現象を見出した。分光分析に長けた台湾のチームとともに徐々に還元した酸化グラフェンの発光スペクトルと電気伝導度について調べたところ、赤色の発光強度は伝導性が上がるにつれて弱まり、逆に青色の発光強度は伝導性が上がるにつれて一時的に強まるという結果が得られた。これらの光学特性と電気特性の両方を照らし合わせることで、まだわかっていないことの多い酸化グラフェンの還元時の構造変化やそれに伴う発光原理の変化に関する理解を深めることができたのだ。「お互いがもっていないものを足し合わせると、新たな発見があります」。現在はシンガポールのラボを立ちあげて1年、本格的な研究に向けての環境や設備も整いつつあり、今後の活躍が楽しみである。
挑戦してはじめて気づくポテンシャル
「こんなに早くラボが持てるとは思っていなかった」と語るように、これまで実現できた大半のことが、最初は不可能だと思っていたことばかりだった。挑戦してみてはじめて自分の持つ可能性に気づかされるという。「人間はどうしても自分の準備がしっかりできてから、次のステップを踏み出そうと考えてしまう、それが自然なのだと思います。でも、研究の世界の動きは予想以上に早く、準備ができるのを待っているとチャンスを逃してしまう。やりたいことがあるならば勇気をもって一歩踏み出し、前倒しで挑戦することが大切です」。めまぐるしく環境を変えながらもチャンスを掴み、着実に成果を挙げてきた江田さんらしい言葉である。彼の海外武者修行は、まだ始まったばかりだ。(文 市川裕樹)