挑戦とひらめきが新たな世界を呼ぶ 玉尾皓平
「合成化学によって世界は一変した」と玉尾皓平さんは言う。新しい物質を生み出す合成化学の研究は、人々の生活を衣食住すべての分野で変えることができる。今までは存在し得なかったものを当たり前のものにする「化学」、玉尾さんはその発展を加速させた化学者のひとりである。
1000回に1回の奇跡
「先達の長年の積み重ねを吸収して、独自のアイデアをひらめかせ、1000回条件を変えて実験をして1回成功すればよい」。
化学者たちは、その1000回に1回を実現するために、それぞれの戦略を持って研究している。
玉尾さんの戦略は、「元素の特性の再発見」。酸素(O)、炭素(C)、水素(H)といった元素が結びつくことによって、水(H2O)や二酸化炭素(CO2)といった分子になり、さまざまな性質を示す。
身の回りにあるものは分子と分子が影響し合って性質を変化させるため、研究者の目は元素にまでは向けられにくいが、どの分子も元素が結び付いてできているものだ。
結び付く元素の性質によって、分子が他の分子とどのように影響し合うかも変わってくる。
だから、新たな機能をもった分子を設計しようというときには、元素の特性をとらえることがとても重要となる。
この「元素の特性に注目する」という戦略によって、玉尾さんはそれまではあり得なかった素材や合成法の開発に成功している。
新しい素材をつくる化学
玉尾さんが特に注目していたのはケイ素(Si)という元素だ。
特に、ケイ素と炭素の結合に関する研究では、自分の名前の付いた「玉尾酸化」という“人名反応”を開発しているほどのスペシャリストだ。
人名反応は化学者なら誰もがあこがれるが、日本人の名前の付いた反応は10件ほどしか知られていない。
「チオフェン」という硫黄(S)原子を含む五角形の環状化合物は、いろいろな分子に含まれることにより色を出したり、からだの中で特殊な働きをしたり、電気を通したりすることから、染料や薬、導電性電子部品などに使われる。
そこで、玉尾さんはチオフェンの中の硫黄に着目し、それをケイ素に置き換えることを考えた。
さらに、チオフェンの硫黄がケイ素に置き換わった分子である「シロール」の両脇にチオフェンを1分子ずつつないだところ、チオフェン5つをつなげたのと同じような色がついた。
「シロールはチオフェン3つ分くらいの価値を発揮するのではないか」。新たな素材の可能性が期待された。
新しい発見に必要なのは模倣とひらめき
シロールの機能が優れていることはわかったが、シロールそのものをつくることが難しく、今度はシロールの簡便な合成法の開発に取り組んだ。
それがすぐに達成されたのは、それまで蓄積してきた「1000回に1回」の研究成果とケイ素についての知識が玉尾さんの頭の中で組み合わさったからだ。
簡便な合成法が開発されたことから、シロールは実用化への道が開かれ、テレビや携帯電話などにも使われるEL(エレクトロルミネッセンス)素子の中で、優れた電気の運び役として活躍している。
「模倣は誰でもできる。それをひらめきに変えるのが努力の積み重ねなのでしょうね」。
こう話す玉尾さんは、「一家に1枚周期表」という元素の性質や応用例をわかりやすく紹介する周期表をつくった。
次世代を担う子どもたちがその周期表をきっかけに化学に興味を持ち、新しい何かを生み出す人になってくれたら、という願いが込められているのだ。
「普段わたしたちの使っているものをつくってくれている『どこかの誰か』に今日は出会えたような気がして、化学を身近に感じることができた」という生徒からの感想が印象的で、元気をもらったと笑う玉尾さん。次は「子どもたちの未来」にあり得なかった奇跡を起こす。 (文・島田宝宜)