実験で支える産業の未来 頃安 貞利

実験で支える産業の未来 頃安 貞利

頃安先生が研究するのは、「消失模型鋳造法」。発砲スチロールの模型をもとにして、目的のかたちの金属を製造するのだ。しかし、「消失模型」の名の通り、金属成形が完了すると同時に、その模型は消えてなくなる。

いったい、どんな方法なのだろうか。

発泡スチロールと金属が置き換わる

頃安貞利ころやすさだとし 1988年、大阪府立大学大学院工学研究科化学工学専攻博士後期課程修了。工学博士。1989年より帝京大学理工学部に助手として勤務。2004年、同講師。2009年より現職。

頃安貞利ころやすさだとし
1988年、大阪府立大学大学院工学研究科化学工学専攻博士後期課程修了。工学博士。1989年より帝京大学理工学部に助手として勤務。2004年、同講師。2009年より現職。

高温にして溶かした金属を、「鋳型」という型に入れて冷やし固め、目的の形状にすることを「鋳造」という。
多くの金属部品はこの方法でかたち作られており、その「鋳型」にはいくつか種類がある。
頃安先生が見せてくれたのは、複雑な模様が入った金属製と発泡スチロール製の2枚の円盤。
その2枚は、まったく同じかたちと大きさをしていた。通常、鋳物をつくる場合には、鋳型を分割し、流し込んだ金属が固まった後にそれらを合わせるという操作を行う。
しかし、「消失模型鋳造法」という方法の場合は、砂を満たした容器の中にこういう発泡スチロールの模型を埋め込んで、溶かしたアルミをそのまま流し込む。
すると、このアルミの熱で徐々に発泡スチロールが溶けてガス化し、空洞になっていき、ここにアルミが置き換わっていく。
最終的には、その発泡スチロールの模型とまったく同じかたちのものができ上がるのだ。 

製造にかかる時間もコストも削減

この方法を用いれば、模型とまったく同じものができるというのはもちろん、他にもメリットは多い。
まず、これまでの鋳型を用いる方法では不可能だった複雑な形状のものをつくれること。
そして、「ばり」といって鋳型からはみ出して薄い板状に固まってできる突出部ができないこと。
また、後加工が必要ない最終的なかたちのものが一気にでき上がるため、普通の鋳造工場では必ず出る削りくずが出ないのも特長だ。
さらには、鋳型の型をとる木型をつくる必要がないので、鋳型をつくるのに要していた費用とおよそ1か月という時間を節約することができる。
しかし、日本の市場に出ている金属部品のうち、「消失模型鋳造法」でつくられたものはおよそ1%だ。
工業用ミシンのボディや水道バルブ、自動車のモーターケース、文字が浮き出たデザインの表札の類など、形状が非常に複雑なものにのみ利用されている程度に過ぎない。
その一方で、中国やアメリカでは多く取り入れられている。たとえば、アメリカの大手自動車メーカー、ゼネラルモーターズの「サターン」に搭載されているエンジン部品は、20年以上前からすべてこの「消失模型鋳造法」でつくられている。
日本で「消失模型鋳造法」が広がらない要因は、他の鋳造法や加工技術が発達しているから。
「鋳物職人さんの腕がよくて、複雑なものでも器用につくれてしまうんです」。
今の技術で十分なものができ上がっているうえに、採算も取れている。だからあえて新しい技術を取り入れようとはしないのだという。
量産される自動車にすぐに用いるのは難しいかもしれない。
しかし、短期間で何度も改良が必要なF1エンジンなどに対しては、金型を起こさなくても簡単にすぐに改良できるというメリットが活かせるはずだ。

金属の温度変化を追う

メリットの多い「消失模型鋳造法」だが、実際には、アルミが流れていく過程で熱が奪われて固まってしまい、止まってしまう現象が起こることがある。
頃安先生の研究室では、それを防ぐためにどうしたらいいか、実験によりその方法を確立しようとしている。
発泡スチロールの模型にところどころ温度センサーを挿し込み、流れて行くアルミの温度変化を時間的に追う。
模型の周りに保温性のよい断熱性コーティング剤を塗ったり、模型を埋める砂を鉄の粒にしたりといった対策を施し、最もよい条件を探していくのだ。
実際に、保温性のあるコーティング剤を用いることで、温度の下がるスピードが2分の1になったという。
さらに検討すべきポイントとして、「通気性」がある。
通気性がいいとガスが抜けやすいため、速く空洞ができる。
その分、アルミが速く置き換わると考えられるのだ。
「断熱性ばかりが注目されていて通気のことはあまりいわれていませんが、そういうアプローチもひとつの方法だと思います」。 

実験で常識を確かめる

この分野の研究は、工業的にどういうところが問題になっていているかということを認識して、その対策として現在いわれていることを実験で確かめていくという側面が強い。
たとえば、「消失模型鋳造法」では薄いものをつくるのが苦手だという問題がある。
薄くなっている模型の細部までアルミを流し込む必要があり、そのために従来から解決策が練られてきた。
しかし、その方法で実際にやってみなければ、本当に解決できるのかわからない、と頃安先生は言う。
「常識的にいわれていることが、実験をやってみて初めて、そうではなかったとわかることもあるんです」。
こういった実験を行うことで、鋳造法の発展に寄与したい。頃安先生は、鋳造法の未来を静かに、しっかりと見つめていた。