脳が見る世界 篠田博之
情報理工学部 知能情報学科 篠田博之 教授
最近,ゲームの画面ばかりを見すぎて視力が落ちてきた……。そんな悩みを持つ人も多いのではないでしょうか。じつは,この視力のコントロールに脳が関わっているって知っていましたか?
脳が視力を決めている?!
「上,下,下,左……」。片方の目を隠してCの字を見る視力検査は,誰もが受けたことがあるはず。目に入った光は角膜とレンズで屈折して網膜に像をつくります。このとき,近視の人では屈折が強すぎ,遠視の人では屈折が弱いため,外からの光をうまく網膜上に集めることができず,ぼんやりとした像を見ることになるのです。「どれくらい細かいものが見えるかは,この焦点調節の正確さと,網膜上の視細胞の密度で決まるはずですよね。でも,視力は脳によっても結構変わってしまうんです」。じつは,普段私たちは目の性能をフル活用していないのです。「目の前に曇ったフィルターを置いて,5〜10分くらい見続けてください。ずっと見ていると大脳が順応して,だんだん視界がシャープになっていくはずです。その状態でフィルターを外せば,もとの視力が1.0の人だったら1.3くらいまで上がりますよ」。
網膜にある視細胞の数は約1億2600万。それらが受け取る光の刺激をすべて処理するのは,脳への負担が大きすぎるのだと篠田先生は考えています。そのため,脳は余力を残すために処理する情報量を減らし,普段は視力を下げているというのです。フィルター越しに見ると,脳はリミッターを解除して,ぼやけた視界に順応しようとします。だから,フィルターを外してから少しの間,いつもよりも少しだけ視力がよくなるというわけです。
遠くのものほど,大きく見える
他にも目に入った光をそのまま見ていない例に,「大きさ感」があります。たとえば旅行先で,大きな山が見える景色の中で写真を撮ってみたら,実際に見た時ほどの大きさは感じなかったという経験はないでしょうか。網膜に映る像の大きさが同じでも,遠くにあるものは大きく感じるよう,脳で拡大処理されているのです。目から離れるほど網膜に映る像は小さくなりますが,山などを「大きい」と感じるのは,このためです。
この処理の有名な例が「月の錯視」。月が低い位置,ビルや木の向こう側にあるときと,真上にあるときでは,低い位置にあるときの方が大きく見えるというものです。これも,月までの間にいろいろなものがあることで「遠くにある」と脳が判断し,拡大処理をすることによって起こるのです。この脳の処理を利用して,レンズのピント調節や左右の視線の角度をうまくコントロールして遠くを見るようにすれば,視力が上がることも実験で確かめられているといいます。
物理と意識をつなげよう
視力の他にもカラーマネジメントや目の疲労測定の研究を行い,さらには色覚障害者や高齢者のサポートをするソフトウェアや照明の開発を行ってきた篠田先生。大学生の頃は物理学を専攻していたといいます。「当時,ものごとはすべて物理学で説明できると思っていたけれど,たまたま友人の誘いで視覚の研究者の講演を聞き,観察する側によって世界はまったく異なったものになることに気づきました。それがおもしろくなって専門を変えたんです」。たとえば,重ね合わせると白色になる光の三原色は赤,緑,青。なぜ2でも4でもなく3なのかというと,私たちが,3種類の視細胞を持っているからなのです。それに対してある種の昆虫は4種類,イヌやネコなら2種類の視細胞を持っているので,彼らにとっては四原色,二原色となるわけです。
「私たちの脳は,眼や耳に入る物理的な刺激をもとに,頭の中で世界を再構築しています。とんでもないことをやっているんですよ」と楽しそうに言いながら,それを科学的に分析できるのもおもしろいと続けます。物理学で扱える対象である光と,それを受け取る人間の意識。その2つがどのように結びついているのかを検証しながら,「脳が見る世界」をどうやって「見やすく」していくか,これからも研究を続けていきます。