集積回路で見守る未来の健康 宇野重康
新薬の開発など,病気の治療法が進歩する一方で,病気になることを未然に防ぐ予防医学の重要性が高まっています。
毎日の生活の中で,手軽に健康状態をモニタリングできれば,病気の兆候を即座に知り予防することも期待できるのです。
いつでもどこでも健康診断
化学物質を検出するセンサをケミカルセンサ,また酵素反応のように生物のしくみを利用したものをバイオセンサと呼びます。
そして,それらを使って化学物質を検出することをバイオケミカルセンシングといい,血液などの検体検査や水質検査,食品検査などに利用されています。
たとえば,血糖値(グルコース)の測定では,グルコースを酸化する酵素を利用します。
酵素が付いたセンサに血液を垂らすと,化学反応の結果,電子が発生し,その電気的変化を検出することで血糖値を測ることができます。
センサによって測定できる化学物質が異なるため,これまでの方法では,それぞれ独立したセンサで測る必要があり,多数の項目を検査する際とても煩雑です。
そこで宇野先生が目を付けたのが,集積回路と組み合わせること。
センサは違っても結果として電気的な変化を検出するのであれば,ひとつの集積回路にさまざまなセンサを搭載し,たくさんの項目を一度に測定できるようになるのです。
そのうえ,測定値はネットワークを通じてデータベース化する「ユビキタス(いつでもどこでも)センシング」を実現できるのです。
センサ同士の影響をいかに抑えるか
数ミリ四方の集積回路の中に異なるセンサを組み込むうえで,難しいのはセンサ同士の干渉です。
たとえば,先ほどのグルコースセンサでは,反応によって周りのpHが変化するため,隣のpHセンサが影響を受けてしまうのです。
お互いの影響が出ないようにしつつ,いかに小さな区画に集積させるかを考えなければなりません。
研究は,回路を設計し,実際につくったものでうまく測定できるかどうかを実験で確かめ,うまくいかないところを改善する,という繰り返しです。
組み合わせで新しい技術を生み出す
バイオケミカルセンシングも集積回路も,個別の技術としてはすでに実用化されています。
しかし,それらを組み合わせた技術の研究者は日本中でもまだ少数です。
「2つを組み合わせたとき新しい課題が出てきます。
それをいかに解決するかがおもしろい」。
大学からずっと物理学と電子工学を専攻していた先生は,高校生のときには化学は大嫌い,生物はまったく勉強したことがなかったと言います。
改めて化学と生物の勉強をはじめたのは,34歳のとき。
「教科書は,高校生の大学受験用の参考書です。
読むとすごくおもしろかった。
化学結合は量子力学,化学反応は熱力学,反応物や生成物の濃度計算は数学,イオンの振舞いは電磁気学…みたいにそれまでに勉強してきた物理や数学で化学を理解できたんです。
さらに生物は物理と化学で読み解くとわかりやすい」。
電子工学の専門家の視点で化学や生物をとらえることで,私たちの健康管理を劇的に変える新たな技術が育ちはじめています。