動物の行動を EYE で感じる 久原 篤
2012年のノーベル化学賞は、光や匂いなどの刺激を受け取り、細胞内部に信号を伝えている「Gタンパク質共役受容体(GPCR)」の研究者に贈られた。
しかし、生き物が環境に応答するしくみにはまだ謎が多い。
久原篤さんは、そのGPCRの一種が働いている「においを感じる神経細胞」が「温度」も感じていることを突き止めた。
「見る」ことが原点
昆虫や花などの生き物を眺めたり、1986年のハレー彗星を夜通し観察したりするなど、自然現象を見てじっと考えることが好きだった久原さん。
大学では、体長1mmにも満たない動物「線虫」を、実体顕微鏡でのぞいていた。
シャーレの中を動く2万匹の線虫を1匹ずつつついて、その動きから目的のものだけを選び出すこともあった。
姿勢も目も疲れるはずの顕微鏡観察を20時間続け、その姿勢で寝てしまったこともある。
「驚くほど研究に熱中できたので、これを仕事にしようと思いました」。
「予想外」を「発見」に変える
久原さんが線虫に目をつけたのは、たった1000個の細胞からなり、それぞれの働きや由来がよく研究されていたからだ。
線虫は25°Cの場所でエサを与えた後、温度の違う場所へ移すと、エサのあった温度環境へ戻る「温度走性」の習性をもつ。
あるとき、その習性が弱い個体を見つけて「、おかしいな」と気づいた。普通なら、見落としがちなそのわずかな行動の違い。
「線虫の気持ちになって考えてみたら、気まぐれではないと思ったのです」。
複雑に信号を交わし合う302個の神経細胞をひとつひとつ調べていくと、その原因はにおいを感じるしくみにあることがわかった。
意外すぎて最初は信じてもらえなかったが、揺るがぬ実験結果を示すことで、世界を代表する科学雑誌『Science』にも掲載され一躍注目を浴びた。
Humanity&Humor
「線虫の研究で過去に3回のノーベル賞が出ていますが、みな純粋な興味を追求した人ばかり」。
役に立つかどうかにとらわれ過ぎず、いろいろな研究を、人間自身の解明に活かしていくことが人間らしい学問だと考えている。
これまでに発見された「温度走性」の遺伝子は、「アホな行動をとる原因遺伝子」として、「AHO(abnormalhungerorientation)」と名づけられたこともある。
愛情とユーモアあふれる研究室からは、日々発見が生まれている。(文・伊地知聡)