「糸」を極めるとここまで出来る! 長谷川晶一
「いっ、糸マスターだ!」
そう筆者が思ったのは東京工業大学の長谷川晶一博士だ。
バーチャルリアリティ・物理シミュレーション・ヒューマンインターフェースの3本柱で人とコンピュータのインタラクションを革新する技術を研究している長谷川博士。
今回はその長谷川博士の研究を紹介させて頂く。
高品質力覚レンダリング
まず始めに紹介したいのが仮想空間内のものに触れる装置だ。
球状の玉が四方八方に張り巡らされた糸によって宙に固定されている。
この玉を掴んで動かすとモニターに表示されている仮想空間内の玉も同じ動きをする。
さて、この装置の凄い所は仮想空間内で玉がものにぶつかった時に発揮される。
なんと、現実世界の玉は何かにぶつかったわけではないのに、何かにぶつかった感触があるのだ。
この仮想感触を実現しているのが張り巡らされた糸である。
何かにぶつかった時に、その感触を伝えるためにぶつかった方向とは逆の方向に糸を引っ張る。
そうすることによって抵抗力が発生し、それが何かにぶつかった感触を生む。
特にリアルなのは、硬いものにぶつかった時だ。
現実世界で硬い物がぶつかると音がする。
これは物が振動するからだ。物がぶつかった時その振動が手に加わると硬さを感じる。
長谷川博士はこの振動を再現していて、そのことによって凄まじい程のリアルさを再現している。
この装置がマウスの代わりの入力装置となることを筆者は希望して止まない。
料理シミュレータ
上記装置は玉が糸によって宙に固定されていたが、この料理シミュレータはフライパンが糸によって宙に固定されている。
まさに料理シミュレータ。
アクリル板の上からフライパンを覗き込むとフライパンの上に仮想の肉や野菜が見える。
仮想の肉や野菜が見えるのはアクリル板とフライパンとの距離と同じ距離だけフライパンとは逆方向の面に肉や野菜を投影していてそれがアクリル板に映り込んで見えるからである。
そして、フライパンを振ると妙にリアルな感触がある。
この装置の更に凄いところは、スイッチ一つで炒めている仮想食材への熱の伝わり方が表示されることである。
熱い部分は赤で、冷たい部分は青で表示される。
よくサーモグラフィーで見られる表示形式だ。
これによって現実の料理では分からない食材への熱伝導の様子が一目瞭然になる。
どの様に食材に熱が通っていくのか、筆者はそれを見ているだけでも楽しかった。
やわらかいぬいぐるみロボット
ロボットは硬い。そのイメージを打ち破ったのがこのやわらかいぬいぐるみロボットである。
どこを触ってもやわらかいぬいぐるみなのだがこちらの動きに反応して可愛らしい動作をする。
これを実現させるために長谷川博士が用いたのはまたしても糸だ。
円筒状の布に綿を詰める。
そして、縦に糸で縫う。
そうすると、縫った糸の片側を引っ張ればその方向に綿の詰まった円筒状の布が曲がる。
糸を緩めれば元に戻る。
この原理でぬいぐるみロボットを動作させ、やわらかいぬいぐるみロボットを実現させた。
どこを触っても通常のぬいぐるみ同様やわらかいので非常に抱き心地が良く、更には愛らしい動作をしてくれるので、もうたまらない。
シミュレーションへの思い
人とコンピュータのインタラクションを革新する技術を研究してきた中で、長谷川博士はそのベースにコンピュータシミュレーションを多用してきた。
このコンピュータシミュレーションに対して長谷川博士は特別な思いを持っている。
データに意味を与える手法、それがシミュレーションだと長谷川博士は言う。
データをデータとして持っているだけではそこに意味はない。
特定のルールに従ってデータを処理する過程で意味が生まれる。
そこが魅力的であり、面白い所であると少年の目をした長谷川博士は語ってくれた。(鈴木孝洋)
取材協力:長谷川晶一 東京工業大学 精密工学研究所 知能化工学部門 准教授 科学技術振興機構 情報環境と人領域 さきがけ研究員