ちっちゃなしっぽのおおきな力 磁性細菌の観察:大阪大学難波啓一

ちっちゃなしっぽのおおきな力 磁性細菌の観察:大阪大学難波啓一

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走るのが速いのはチーター。飛ぶのが速いのははやぶさ。では、泳ぐのが速いのは誰だろう?カジキだろうか?マグロだろうか?でも実は、ミクロの世界にもすごい生き物がいる。その名も、磁性細菌。細菌の中では一番速く泳げると言われている。どうして磁性細菌が速く泳げるのかこれまで謎だったが、大阪大学の難波さんが磁性細菌の持つ「しっぽ」の構造にその秘密があることを明らかにした。

磁性細菌は泳ぎの名手

細菌の多くは「べん毛」と呼ばれるしっぽのような構造を使ってスイスイと泳ぐ。べん毛は根本にあるモーターで、くるくるっとプロペラのように全体を回すことで細菌の推進力を生んでいる。それによって生まれるスピードは、例えば大腸菌では秒速0.03mm。一方、磁性細菌はなんとその10倍の秒速0.3mmだ。これは、自分の体の大きさの150倍もの距離を1秒間に泳ぐことができるということ。自動車で考えると、なんと時速2000km!音速をも上回るスピードだ。

磁性細菌の電顕2

  磁性細菌の電子顕微鏡写真とそのトレース図。

 

動画1:サルモネラ菌の泳ぐ様子。 

動画2:磁性細菌の泳ぐ様子。

 

他の細菌と同じべん毛を使って泳ぐ磁性細菌のこの速さは、どうして生まれるのだろうか?

見えてきた複雑さ>

大腸菌では数本の細いべん毛がゆるく束を作っているのに対し、磁性細菌の2本の太いべん毛は、それぞれが7本の細いべん毛繊維が密な束となって1本に見えていることが知られていた。難波さんはそこに速さの秘密があると考えた。しかし、この密な束のなかではそれぞれのべん毛が回転しても、摩擦によってうまく回らないはずである。この謎を解明するため、難波さんはクライオ電子線トモグラフィーという、細胞を生きているときに近い状態で観察できる手法を使って、べん毛の構造を解析した。すると実は、べん毛は7本のべん毛繊維だけではなく、さらに細い24本の微小繊維も含んでいることがわかった。しかも、それぞれの微小繊維は、ランダムに配列されているのではなく、1本のべん毛繊維を6本の微小繊維が等間隔に取り囲むように整然と並んでいたのだ。  

べん毛繊維と微小繊維の電顕(左)3

左:べん毛繊維と微小繊維の電子顕微鏡写真

中:べん毛繊維と微小繊維の電子顕微鏡写真のトレース図

右:べん毛のモデル図

この規則的な配列から考えられることは、微小繊維は時計回り、べん毛繊維が反時計回りと、お互いに逆方向の回転をすることで歯車が咬み合うような動きをしているのではないかということだ。そうすることで摩擦を生じることなく、それぞれの繊維を高速回転させることができ、しかも大腸菌より5倍ほど太いべん毛は推進効率が20〜30倍ほども高いので、全体として強い推進力を生み出すことができるというわけだ。

べん毛繊維と微小繊維の動く様子

このような性能の良いべん毛を応用すれば、何か面白いものが出来るかもしれない。例えば、体の中を高速で泳いで薬を運んでくれる小さな機械。他にはどのようなものを作ることができるだろう?磁性細菌のべん毛は、小さいながらも私たちの夢を大きく膨らませてくれる。

取材協力:大阪大学大学院 生命機能研究科 プロトニックナノマシン研究室 教授

日本生物物理学会 会長 難波啓一