宇宙の始まりは学融合で切り拓かれる 田島 治

宇宙の始まりは学融合で切り拓かれる 田島 治

総合研究大学院大学 高エネルギー加速器科学研究科 素粒子原子核専攻
(高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所)田島治 准教授

 

「宇宙のはじまりとは?」その究極の問いに答えるべく、様々な分野の研究者が協力している。基礎科学の分野では、電波や素粒子を測定する実験装置の設計、現場での組み立て、そしてデータの解析も研究者の手によって行われ、ときには共同研究者が数百名に及ぶこともある。その最先端は、学融合する研究者によって切り拓かれているのだ。

ビッグバン以前の宇宙を観測

宇宙は高温・高密度な状態「ビッグバン」から始まったとするビッグバン宇宙論は、様々な観測事実を説
明できる。ビッグバンの残光ともいわれる宇宙マイクロ波背景放射(CMB)は宇宙に満ち満ちている微弱
な電波であり(温度換算して約マイナス270℃)、その存在はビッグバンの実験的証拠の1つといわれる。しかし、ビッグバン宇宙論だけでは説明がつかない観測結果が得られてきたことから、30年ほど前から
ビッグバン以前の宇宙に対しての理解が求められてきた。そこで登場したのが、「インフレーション宇宙
論」だ。この理論によると、宇宙はその誕生直後に急激な加速度膨張をしたという。時期にして、宇宙誕
生後10-36 秒から10-34秒までの一瞬のできごとだ。アメーバが一瞬にして銀河の大きさになると比喩されるほどの変化が、ビッグバン以前にあったという。この説は、今では多くの宇宙論研究者の支持を集めた定
説となっているが、その決定的な観測証拠は得られていない。総合研究大学院大学の田島治さんは、この理
論を観測的に証明するための実験「GroundBIRD」のプロジェクト責任者だ。

これまでにない電波望遠鏡

インフレーション理論を証明するには、インフレーションの際に生じたとされる原始重力波の存在を見つけることが必要だ。その最も有効な手段と考えられているのが、Bモードと呼ばれるCMB偏光パターンの検出である。世界各国が衛星や地上観測でBモードを検出しようとしのぎを削っている中、田島さんが取り組むのは、小型の電波望遠鏡「GroundBIRD」の開発だ。その名の通り、地上からBモードの検出を目指す。これまでの観測では、微弱なBモードを詳細に解析するために装置の大型化が進められてきた。しかし、田島さんは装置を小型化するという独自の路線を歩むことにした。小型化することで、観測する視野を高速で動かせるため、従来実験の10倍もの観測領域が実現する。観測領域の拡大により、パターン分析の精度、つり、Bモードの測定精度が向上する。装置の調整にかかる時間も短縮でき、開発のスパンが短くなることは激しい国際競争の中で有利に働くはずである。装置の肝となるミラーと検出器の設計は、光学分野の研究者と田島さんがそれぞれ担当する。ほかに天文学、加速器物理学の研究者が加わることで、これまでにない装置が完成し、実装データを出すことができる予定だ。

素粒子を通して宇宙を観る

田島さん自身は学生時代、素粒子物理学が専門だった。宇宙創成から存在すると予想される素粒子から、初期宇宙について考えられることが魅力だった。学生時代、ニュートリノを検出するスーパーカミオカンデの研究で、それまで質量がないとされていたニュートリノに質量があることを裏付ける証拠が観測された。のちにノーベル物理学賞を受賞された小柴昌俊さんの弟子、戸塚洋二さんの大発見である。この頃はニュートリノ実験の観測技術が向上していった時期でもあった。田島さん自身も、「KamLAND」と呼ばれるニュートリノ検出装置で研究をした。物質と反応しにくいために検出が困難なニュートリノの研究をする中で、現在の研究にもつながる検出困難な対象を研究するノウハウを学んだ。博士号取得後は、高エネルギー加速器研究機構で行われていたBファクトリー加速器実験に従事した。実験データを解析するだけでなく、Belle検出器と呼ばれる素粒子の挙動を測定する装置の改善にも着手した。実験、解析、そして装置の改善まで、田島さんが研究の中で獲得したマルチな経験は現在の研究の礎となっている。

変化と融合が新しい視点を創出する

「CP対称性の破れ」を論じた小林・益川理論を証明し、2人のノーベル賞受賞に寄与した高エネルギー加速器研究機構の加速器実験「Bファクトリー」。そこでは、15の国と地域から約60の大学・研究機関に所属する約400人の研究者により建設・データ収集、解析が行われてきた。高エネルギー加速器研究機構に専攻を置く総研大高エネルギー加速器科学研究科は装置の開発、実験データの取得・解析、そして理論的裏づけと予想など、様々な分野の研究者が関わることが当たり前な環境だ。装置1つ開発するにしても、異なる専門家が相互に補完しながら、新しい視点を生んでいる。田島さんは若手の研究者に「学位を取ったら研究分野を一度は変えてみよう」と言う。環境を変える、研究分野を変えることは、自分をリセットすること。自分をリセットすることで、新しい視点を取り入れる隙間ができる。「自分の研究が他人にはわからない」という経験をすることも、研究者として重要だ。人当たりの良い田島さんだが、「異なる分野の研究者とのディスカッションは確かに難しい」と言う。基本的な考え方から専門用語までが違う中でコミュニケーションをとりながら、1つの目標に向かう。言葉1つとってもわからないことだらけだ。だからこそ田島さんのように、1つの研究分野にとどまらずに、新しい視点を取り入れる柔軟性を持った人材がキーになっていくだろう。宇宙分野だけでなく、分野間の相互作用によって、新しいフィールドをつくる学融合型の研究は研究界全体のトレンドであり、総合研究大学院大学が学融合推進センターの活動を通じて積極的に取り組んでいる課題だ。自らの分野を立脚点に新しい学問分野を取り入れる変化を恐れない者が、最先端の研究をつくるトップランナーになる。
(文 武田 隆太)